ゆかこの部屋Blog

日々の行動と感動をコレクションします

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ちょっと前のことですが、実家のある熱海でボランティアをしてきました。(島根だの奈良だのと騒いでいますが、現役の地元にもちゃんと関わろうとしてます!)

何のボランティアかというと、「海辺のあたみマルシェ」です。

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海辺のあたみマルシェ ~クラフト&ファーマーズマーケット~ |

これは熱海銀座という、私が子供の頃(90年代)には死に体だった商店街で、2ヶ月に1回ぐらい開かれているマルシェ。熱海だけでなく近県からも出展者が集まり、今はそこそこ賑わっています。

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私の担当は「浜焼き」の受付です。

机と椅子と網を並べて、自分で魚介買って焼いてくださいってシステムなんだけど、「えっ!ここで焼けるんですか?」とかいうゲストの反応を見ながら、地元民としては若干のドヤ顔。そうだよね、こういうのって、海の町ならではなんだよね。

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今回ボランティアしてみたのには理由があって、実は熱海が地元だといいつつ、熱海に仲間がいないんですよ。

なにしろ、熱海が嫌で上京した身だし、今の家に住んでいたわけでもないので、「実家に帰る」ことを楽しみきれていない気がするというか、ボランティアに参加すれば、少しでも仲間ができるのではないかと。

そんな私の選択は正解!

なんていうのかな、同じボランティア仲間は、熱海を盛り立てたいという人がいっぱい。初対面でも想いが同じだから、接していて気分が良いし、全てスムーズに進むんです。

「めっちゃ仲良く」まではなれないとしても、そういう人の存在があるのは結構大きい。「今もどこかであの人が」って感じられるわけですから。

そして、熱海って今、地域おこしの成功例みたいにいわれてるじゃないですか。それはもしかしたら、コミュニティの力なんじゃないかな、と感じたんです。

コミュニティの力。コミュニティの力。コミュニティの力。

ところ替わってここ東京。

ひょんなことからシェアハウスの管理人になってしまった私。

管理人って、ただ管理すれば済むんじゃないというか、シェアハウスも1つのコミュニティとして、ここを盛り立てたいという想いが必要な気がするというか、今回熱海で出会ったことに、ヒントがある気がしたんです。

リーダーシップを激しく発揮することはできないけど、目指すべきは、この人(私)とこの家は素敵だと感じられること。その上で、この街との繋がりを作っていくこと。

プライベートとの両立がマジで重要テーマなんだけど、模索しようと考えています。。。(想いと行動は裏腹) 

増やしたいのは確かな喜び

ちょっと前のことですが、「ふ~さんの美容講座」を開催しました。

「ふ~さん」というのは私の同僚で、4月に開催した「あるものさがし」の参加者。

「あるもの」棚卸によって、美容にめっちゃ詳しいことが分かったので、講座を開いてもらったのです。 

tokyo100k.hatenablog.jp

講座の内容は、①動機づけと、②食生活改善。

曰く、美容ってのは長期戦だから、「もしも綺麗になったら…」ってイメージを具体化することが大切らしい。例えば「もしも私が吉瀬美智子だったら…」って、未来を想像すれば頑張れるでしょ、みたいな。

食生活のほうはというと、参加8人中5人が「私の食生活終わってる…」ってため息をつくありさま。ハードな働き方してるから、そもそも自炊とか難しいよね…。

なんて、傷を舐めあったり舐めあわなかったりしながら、美容について考えた2時間。

後日、参加者からは「自炊始めました!」「アルビオン買いました!」などと報告が入ってきたらしく、ふ~さん嬉しそうだったし、私も「開いて良かった」って感じ!

 

なんていうかね、私が作りたいのはこういう確かな喜びなんですよ。

会社とか大きなもののために、できもしないことやしたくもないことを頑張りたくない。だって、できることやしたいことで、こんなにも喜ばれるんだからさ。

「あるものを活かす」ってこういうこと。こういう企画を、どんどん増やしていきたいものです。

「本音」で世界を良くしたい

ちょっと前のことですが、「IDEAS FOR GOOD」というメディアのミートアップに参加しました。

ideasforgood.jp

「IDEAS FOR GOOD」とは、数ある社会課題に対し、ソリューションとなるアイディアを紹介するWebメディア。greenz.jpの、インタビューないみたいな感じか。

ミートアップの中身としては、前半の素晴らしいプレゼンに続き、後半のダイアログパートで、気づかされるものがあったんです。

 

ダイアログのテーマは3つ。

①ライターを目指した理由、自分のこだわり
②ライターとして困っていること
③「書く」ことでどう社会貢献できるか

だったかな。

ダイアログっていうのは、他人との対話を通して、自分自身を浮き彫りにする作業というか、「あ、私、こんなこと考えてたんだ」って、気づかされることが多いんですが、

②の問いに対して、「新しいことを書きたい」とか「書くことを通じて勉強したい」とか、さまざま意見がある中で、私はどうやら「本音で書く」ってことに対して、こだわりがあるらしいのです。

 

確かに、嘘のつけない性格というのはその通りで、「私の本音が世界を動かす」ってことに、ほかにはない手ごたえを感じます。

そう気づいたのは最近、会社で「社長に直訴事件」を起こしたから。 

tokyo100k.hatenablog.jp

実はあの後、いろいろなことが動いて、「今の組織について本音で語る会」的なものが開かれたのです。

なんだかんだオブラートに包まれた意見が並ぶ中、私はもちろん本音祭り。

したくない仕事をしなくて良くなるほど現実が動いちゃーいないけど、少なくとも雰囲気が2センチぐらいは良くなったんじゃないでしょうか。

 

会社に対する今の目標は、「翌日の出社が憂鬱で、日曜の夜が辛くならないこと」。

私は若いとき、休日すら出社したくなるほど職場環境には恵まれてきたので、今の状況は本当に辛い。若い子が可哀相で。

辞めるまであと9ヶ月。私に残せるものを、残す!

むらコトアカデミーを受講しています

「キャリアカウンセラーを受講する!」とか息巻いている中ですが、実は本日から、「むらコトアカデミー」を受講し始めました。

ソトコト

これは、奈良県下北山村と雑誌「ソトコト」が、人口の減少する地域に関わる人を増やそうってことで、3年前から始めたアカデミー。現地でのスタディツアー含む全5回のワークショップで、私たちは「何か」を学ぶらしいです。

私は、田舎のスタディツアーは得るものが多いのと、7才まで奈良に住んでいたのとで、割と気軽に参加したんだけど、まぁなんというかね「本当に得るもの多いだろうな」と、初日にして予感したのでした。

そんな予感の原因は、ワークショップの仕立てです。

下北山村の可能性とは?」とか、いきなり考えさせられるんですよ。それなりに興味あるにせよ、行ったこともないのに。

そしてアカデミー生は、いろんな種類の人が来ている。「下北山村」という同じテーマを扱いながら、似たような発言をする人が1人としていなかったんです。

下北山村」というテーマでも、考えているのは「1人ひとり」だから、どうしたって本質的な「自分の提供価値」と向き合わざるを得なくなる、というのか。

まぁなんというかね、答えのないことを皆で考える。だからいろんな案が出る。それが「豊か」だと感じたんです、私は。

「会社」とかいう大きなものに、自分を規定されることのない自由、というのかな。

 

ちなみに、今日の私が考えた「下北山村の可能性」は、「本物のリトリート」でした。

下北山村は自然が豊か。そしてそれに加え、熊野古道につながる修験道のある村でもあり、つまり歴史ある「パワースポット」なのです。

リトリート=「自然の中で自分を休める」はよくあるけど、宗教的な歴史まではなかなかないので、ないからこそ差別化できるんではないかなと。行く前から(自分が休めそうで)楽しみになったのでした。

キャリアカウンセラーへの道 -1-

「キャリアカウンセラー」の資格を取ることにしました。

どうやら私、人が「その人らしく」働いていないことが、めっちゃ気になるタイプらしく、そのためならワークショップ主宰も含め、行動を厭いません。

今の会社なら補助金も出るし、今期で辞めるなら「今しかない」と、資格取得を決断しました。

GCDF-Japanキャリアカウンセラートレーニングプログラム(国家資格キャリアコンサルタント養成講習)

キャリアカウンセラーの講座費用は、GCDFの場合¥378000(税込)。

(未確認ですが)会社からの補助金¥75600、国からの補助金¥60480、会社からの奨励金¥30000が支給され、自己負担は¥211920で済むようです。

20万か…。20万かと…。

現金がないわけではない。ないわけではないが勇気がない。

というわけで、ボーナスで7万、節約で7万、副業で7万を捻出することにしました。

資金作りの実績作れたら、会社辞める自信もつくかも!資格も取れて一石二鳥!

ってことで頑張ります。

私は自由になるんじゃ!

実践あるのみ!

奇跡的に忙しい。

興味あることを、迷わずスケジュールに突っ込んでいるからだ。できる/できないは気にならなくなって、弾み車のごとく、どんどん勢いがついてしまった。

自分の決めた予定以外に、「あれはまだ?」的な声をいただくこともしばしば(ありがとう!)。焦れば焦るほど動かなくなるので、もう予定を決めちゃいました!

★の最少催行人数は1名〜。インプットも飽きてきたので、実践します!

6/23(の週末):岡山

6/30:椎葉

7/7:ガレージセール★

7/14:下北山

7/21:浴衣★

7/28:安曇野

8/4:下北山

8/11:スナック★

9/8:下北山

9/15:陸前高田 

「会社」のあれから

「会社のほうはどうなった?」とよく聞かれるので、報告しておきましょう。

その後、平穏に過ごしております。

激しく暴れまわった割に、「反乱分子」と見られるでもなく、責任を取るべき人が取る(辞めるわけではない)方向に進んでいるようです。

私はというと、今期で辞めたい意思は固いので、自分で稼いでいけるよう、いつまでも勉強でなく、実践に移さねばなりません。

商才が死ぬほどないので、小さくコツコツできることから。

「東京キチ」のあれから

「東京キチ」は、民泊としての営業を終える6/15以降も、シェアハウスとして継続できることになりました。ご協力くださった皆さん、本当にありがとうございました。

(報告は以上。以下は副音声)

いやー。この1ヶ月しんどかった!平凡な土曜日がこんなにもありがたいとは。

というのも、民泊NGの出た4月末以降、毎日が不安だらけだったからだ。

ことの始まりは5/2。「ここを立ち退くかもしれない」と仲間を集めてイベントを開催。すると意外にも、物件を惜しんでくれる声が多く、シェアハウスとしての道を模索してみることに。

そして、5/13には求人広告を作るためのイベントを開催。そのアイディアを種に原稿を作り、5/15に公開。皆さんにシェアいただいた結果、1週間で10名ぐらいの問い合わせが寄せられた。

しかし、息切れし出したのはこの辺からだ。人見知りの私が毎日、会ったこともない人と面談。どんな人が来るのか、何人会えば決まるのか、不安でいっぱいのままとにかく会い続けた。

そんな中、先週末には人が決まって、今は部屋割りと転居日程の調整中。

だが民泊法自体は、毎日どんどん動いている(予約キャンセル強制執行とか)ため、私は民泊を奪われたTさんの挫折感を共に味わったり味わわなかったりしながら、今日やっと、平凡な土曜日を得たのである。

それにしても、人と何かを進めるというのは、それも「生活のパートナー」を決めるというのは、自分の一存じゃいかないからしんどいことが多かった。

しかし、それ以上に得るものも多かった、というのが本音で、

それは初めての挑戦だったり、それに対し多くの人が協力してくれたり、共感を示してくれたことだったりするけど、

要は、今起きているこの現在、そのどれもが、4月末には想像していなかったことなのだ。

ちょっと大げさかもしれないけど、

「想像できない未来を、自分で作ることはできる。たった1ヶ月でも。」

という実感。それこそが、今回得た1番大きな収穫だったと思う。

皆さん、どうもありがとうございました!

愛の存在、愛の表現

5月に帰省したときに、母とまた喧嘩をした。

会うたびに大体するので、それ自体に驚きはない。しかし、パターンはいつも同じで、そろそろ卒業したい感じがする。

そんなときのことだった。スクーで、「キムゼミ」が始まったのは。

schoo.jp

キムゼミとは、作家のジョン・キム先生が主宰する大学のゼミで、私は5年ぐらい前に、その「社会人向け」を受講したことがある。

先生の言葉は1つひとつが優しく(キザでもある)、病んでいた私に響きまくり。そんな自分も懐かしく、スクーの動画を見たけれど、母と喧嘩中の今回も、響くものがしっかりあった。

それは、「愛の存在、愛の表現」という言葉である。

喧嘩なんかするとき、そこには大体、「愛のすれ違い」があるのだそうだ。

娘への愛があるから、それを表現する母。しかし表現が下手過ぎて、耳がもげるほど痛い小言である。愛など当然伝わらないから、傷ついた娘は反発する。そして母は「愛の存在」そのものを、否定されたと感じてしまう。

要は、表現がどんなに下手だとしても、そこには愛があるのである。「表現」という「表面」だけを見て、「存在」という「根底」を想像しない、私に問題があったのだ。

そんな学びを得て数日、母の誕生日が近づくのを、感じていた6月の某日。

今度は兄から連絡が来た。兄とは1月に似たような感じで喧嘩をして、音信不通となっていた。母が(兄の住む岡山に)遊びに来るから、私も来いということだ。

別に岡山に興味はないが、渡りに船と有休を取った。まぁなんというか、「導き」を感じたのだ。

私はキム先生と違うので、愛とか感謝とか、美しい言葉はいえない。だけど、喧嘩してそのままはいけないし、壊れた縁を結び直すチャンスがあるなら、そこには意地もプライドもなく、乗っかるほうが正しい。

そんなこんなで、今日は母の誕生日。穏便に迎えられて良かった。

怒り任せに

腹が立った。

こんなにも腹が立ったことはなかった。あまりに異常な怒りなので、病気じゃないかと疑ったほどだ。

日本橋から根津まで、1時間歩いて帰った。それでも怒りが収まらず、マッサージを受けた。少しは冷静になったので、今、記しているのがこれだ。

怒りの原因は会社である。瑣末なことは置いといて、もう組織としての機能を果たしていない。

責任を取るべき人が取らず、口を開けばなすり合い。本質的な価値提供より、そこら辺の機嫌取りや根回しばかりが重視される。

末端の社員にミスが起きれば、教育しなかった責任は問われず、本人だけが責められる。これで「働く喜び」とは聞いて呆れる。

考えてみれば、もう1年半ぐらい溜まった怒りが爆発して、社長に直訴してしまった。従業員が5000人はいる大企業の、である。

社長からはすぐに連絡が来て、近く部長と話すことになった。

たぶんアルコールが入るけど、絶対に「辞める日を決める」。そして「人に投資することを約束させる」。もう雰囲気には流されない。この怒りを忘れるな。

そもそも私はこの会社の「自浄能力」が好きだった。どんなに腐った組織だって、最後はヒーローが現れた。

だけど、ここまで悪くなり続ける組織は見たことがない。納得できないことしか起きない。人間として狂いそうだ。

自分も伝染する前に、早く避難しなければ。