死ぬまで人生を共にするのは、ほかでもない自分自身だけ。
確かに、世の中に善い人はいっぱいいる。だけど、全ての人に「大切な自分」があるように、大切な私を大切にできる人は、私以外にいない。
日曜の夜に、ちょっと悔しいできごとがあって、日暮里からの40分間、泣き通しで帰ってきた。
翌朝目が覚めて、いくら酔っていたとはいえ、40分も泣くようなことだったかと自問した結果、私は次のようなことに気づいたのだ。
私は、自分で自分を大切にできてもいないくせに、人に自分を大切にして欲しいと、ないものねだりをしていた、と。
要は、その期待に応えてくれない男に、怒って帰ったというだけのことなんだけど、にしてもそこまで腹が立つのは、ある心理学者の本によると、私が自分の「女らしさ」を、大切にできていないことから来るんだそう。
確かに。
私は仕事でも何でも、もの分かりのいい人を演出するところがあって(だってそのほうが早いから)、ネガティブな感情を理性で抑えるのに長けているところがある。
だけどそれによって、実は傷ついている自分を誤魔化し、やがて疲れてくると、優しそうな人のくれる耳触りのいい言葉でまた誤魔化し、ずるずる過ごし続けた結果、にっちもさっちもいかなくなりつつあるのが37歳の今。
日曜から悶々とし続け、1週間考え抜いた金曜日の夜。もう若くもないんだし、誤魔化しじゃない本当の幸せを考え、行動を選ぶべきではないのかと。
結局、今日は飲みにも行かず、ジョギングして入浴して読書して、ビールを少々飲んだ。今できることはこれしかないし、この人たちは、絶対裏切らないからね。
社交場へ出るのは、もうちょい整理がついてから。