東京百景

日々の思考と行動と感動をコレクションするブログ

「永すぎた春」がいけない理由

4年間ほど、同棲していたことがある。

というと多くの人に「どうして結婚しなかったの~?」と聞かれるが、まぁしたくなかったんだろう、結局のところ。末期には震災あり、転勤ありで、ほんと神の思し召しかと。 

「永すぎた春」は何がいけないって、歩幅に差が出てしまうこと。

「恋愛は互いを見ること、結婚は同じ方向を見ること」といった人がいるけど、「互いを」見ている最初のうちは、揃えようとしなくても揃っていた歩幅が、互いの中に見るものがなくなってくると、各自見たい方向を見始め、だんだん離れていってしまう。

結婚=「同じ方向を見よう!」という覚悟もないから、気づいたらえっらい離れて、今更、同じとこから歩けません、みたいな。

ロックバンドだって、「方向性の違い」で解散するけど、ほんっと続けるって凄いことやー。

さて、今回考えたいのは、夫婦にせよバンドにせよ、長く続けるために必要な要素は何かってこと。

自分でいうのもアレだけど、私は若いころ「成長」を重視する人だった。「共感」を重視する彼と、そりゃー合うわけない。てか、男女逆か?

世間にはほかにも「成果」重視型や、「体面」重視型などいろいろいる中で、これらを「同じ方向」として、一致させるのは難しい。

そこで大切になるのが「適度な距離感」なのか。

あんたはそっち行くんだね。私はこっち行くけどね。ゴール一緒っぽければそれでいいよね、みたいな。互いに合わせ過ぎないこと、合わせさせようとしないこと。これを「自立した関係」というのだろうか。

そういえば、aikoが昔、「一緒に歩幅合わせて生きたい」って歌ってたな。まんまと感情移入したけど、方向だけじゃなく、歩幅まで合わせたいなんて、恋の渦中もいいとこだ。