『日本沈没2020』から考えるコミュニティと共助

7月12日(日)。晴れ。

Netflixで『日本沈没2020』を見ました。 


『日本沈没2020』予告編 - Netflixオリジナルアニメシリーズ

見ることにした理由はもちろん、九州地方の豪雨です。

東京では「自分ファースト」な首長が再選されましたが、その翌日からの災害。

「もし東京でも起きたら・・・」的不安に陥ることも多く、心づもりのつもりで見てみたのです。

 

内容を簡単に紹介すると、

五輪が幕を閉じた2020年の東京で、巨大地震が起きる。震源の沖縄がまず沈み、関東地方も沈もうとする中、主人公の一家(都民)は歩いて避難を開始。その道中、予期せぬトラブルや悲劇に見舞われながらも、数々の出会いや奇跡を通し生き抜こうとする・・・!

30分のアニメが全10エピソード。半分で止めるつもりが、全部見てしまいました。やや情報過多な気もしたけど、前半はスリリングで面白かったです。

 

印象に残ったのは、「今っぽい」リアリティー

原作は1973年刊行ですが、コロナ禍を経験した今見ると、良い意味で気になるところが多い。

例えば、日本が「沈没」していく中で、政府は船をチャーターする。国民を国外に逃がすためだが、乗船順位はマイナンバーカードのある人がない人よりも早かったり、オリンピック候補など「未来が有望な若者」はもっと早かったり。

また、ある団体はメガフロート(海上に浮かべる浮体式の構造物)の上にコミュニティを作るが、これがいわゆる「極右」団体で、生粋の日本人しか乗船を許してくれない。

コロナでも、定額給付金マイナンバー騒ぎがあったり、留学生の支援策に「成績が良い子だけ」との条件が付され波紋を呼んだりしたように、災害でより露わになるのが、人権の不平等、そして分断です。

 

また、それに対する人物像の違いも描かれていて、それがタイトルに書いた「コミュニティと共助」に当たります。

全編を通して描かれているのは、「共助」しながら前へ進む主人公一家の姿です。中でも主人公の弟はハーフで完全に外国かぶれしているのですが、「日本のマスコミは本当の情報を流さない」といって、日頃ネットで交流している外国人から日本の災害情報を収集します。

一方、ストーリーの中盤に登場する「山奥の宗教っぽい村」には、「沈まない」という理由から多くの避難民が押し寄せてきますが、そこで人々は夜な夜な大麻を吸い幻想の中で踊っています。

雑で分かりづらいかもしれませんが、私にはこの対比が、国境を越えて人と繋がり、現実に立ち向かっていく前者と、閉鎖的なコミュニティに籠もり「見たいものだけを見て」暮らしていく後者に見えたのです。

 

こういう姿勢っていうのは、災害のときだけ出るものではなくて、「日頃の暮らしかた」で考えれば、常に社会に目を向け、自分のいるコミュニティで共助している人と、自分の見たいものにしか目を向けず享楽的に暮らし、困ったときには分断や差別に身を投じる人に分けられる・・・かなぁと。

こんな解釈になったのは、同じような対比を別の映画でも見たせいかもしれませんが、自分が目指したいのは前者。間違いなく前者だという考えに至りました。

近況報告:ホットヨガを始めました

7月1日より「ホットヨガ」を始めました。

 

コロナの自粛で太ったんです。

そして太れば太るほど、太ることが気にならなくなるという「妙」。

5月までしていた筋トレを6月からしなくなり、甘いものを口にすることも気にならなくなり、どんどん不細工になる自分を受け入れているわけではないけれど努力する気にもなれず、いよいよ大台が見えたとき、ホットヨガ「LAVA」のキャンペーンが目に入りました。

yoga-lava.com

3ヶ月通い放題で6000円ちょっと。

「その後9ヶ月は通常料金で通う」という条件はあるものの、4万近く得ですから、これは買いです、買い!

 

ということで通い始めたのですが、5日目にして早くも2kg痩せました。コロナ前に戻っただけともいうが。

ほかには、

①眠りがとっても深くなり、希望いっぱいで朝は目覚める。

②気分が前向きなだけでなく、頭も冴えわたり、勉強するのが苦にならない。

 

たった5日でこの成果。

今の自分に課題感があるなら「体からテコ入れする」に限りますね。体が整えば心が整い、心が整えば頭が働く。

この頃、頭でばっかりモノを考え、考える割に現実は良くならず。そんなジレンマから少し、鬱々とした日々を過ごしていましたので、ヨガですっかり解決したということは、後世に伝えたい成果でした。

 

ちなみに、代謝が良くなったせいか、1日の大半は小腹減ってます。

3ヶ月通う頃にはどうなることやら。

香港映画『十年』に見る「明日は我が身」

都知事選がよほどショックだったらしく、力が出ない7/6の朝です。

現職の得票率が6割って、投票率高くなかったとはいえ、私の視界にはそんな人いなかったけどねー。。。

 

といいたいところですが、そんなことはありませんでした。

先日職場で、こんなことがあったのです。

同僚A:東京の感染者がまた100人超えましたねー。

同僚B:超えたねー。

同僚A:GTT・・・また延期なんてことにならないと良いですねー。

同僚B:本当だねー。(感染者が増えたのは)野党の仕業かって感じだねー。

GTTというのは、『Go To Travelキャンペーン』のこと。

私の職場は旅行会社なので、このキャンペーンを利用して売上を増やそうとしているわけです。野党の批判を受け一度延期になったので、今度は感染者増で延期になることを危惧している、と。

うーん。

「利権」とまではいわないが、末端の社員ですら与党の恩恵を受けている。私もその一人なので、「異端」なのは自分でしょうけど。。。

 

GTTは国のキャンペーンですが、都民だったら五輪でしょう。五輪を推す現職でなければ困る人が、投票せざるを得なかったんでしょう。

経済的な理由から基地や原発を容認するしかない某県民のよう。ジレンマです。

 

 

さて、こんな日本の一歩先を行くのが香港。

「香港国家安全維持法(国家安全法)」が施行され、デモに参加した人が次々逮捕されているそうですが、これを異国のできごとと見るか、「明日は我が身」と見るか。

私は後者なのですが、週末にある映画を見て、実感が強くなりました。


香港映画『十年』予告編

2015年に公開された映画『十年』。Wikipediaによると、

5人の若手映画監督が10年後(=2025年)にディストピアとなった香港を描くオムニバス映画

で、各エピソードのタイトルは、

1.エキストラ
2.冬のセミ
3.方言
4.焼身自殺者
5.地元産の卵

何故、「10年後にディストピアとなった」かというと、正に「国家安全法」を盾に共産党が幅を利かせてくるからなんですが、それによる不自由さっていうのは単に「デモに参加すれば捕まる」だけじゃなく、じ・わ・じ・わと、暮らしのそこかしこに押し寄せてくるもの。足音も立てずに、気づいたときには隣にいる。そんな「感じ」が描かれています。

例えば、エピソード3『方言』では、北京語の普及が進む香港で、広東語しか話せないタクシードライバーが、営業エリアの規制を受け職に困る姿が描かれていたり、

エピソード5『地元産の卵』では、地産地消を推奨する食品業者が共産党の規制対象になり、「取り締まり」という名の嫌がらせを受ける姿が描かれていたり。

要は、暮らしの至るところに違和感が出てくるってこと。慣れ親しんだ社会なのに肩身が狭くなるってこと。空気を読んで合わせられないこともないが、やがて我慢できなくなったとき、エピソード4『焼身自殺者』のようにしか、抗議ができなくなるってこと。

 

違和感は、早いうちに打て。

ってことで、GTTも五輪も、意見は投票で示したつもりだったんだけどねー。。。

 

ちなみにこの映画、

自主制作映画であり、2015年12月17日の封切り時に上映する映画館は1館のみであったが、口コミによって評価が広がり、香港中で上映されるようになった

ということで、

まるで、『ポレポレ東中野』1館から始まり、今や全国で上映されている映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』のようですが、『なぜ君・・・』のヒットからリベラル気運の高まりを感じたのも束の間。香港の「一国二制度」は瀕死だし、東京は現職の圧勝。

 

民主制には時間がかかる。

って言葉を改めて実感いたしました。

権力っていうのは想像以上に、強大で恐ろしいもののようです。

近況報告:或るbarのこと

来週か再来週から、「bar」に関わることになりました。

playersbarr6.wixsite.com

コロナで休業していた店を再開することになり、オーナーにNew店長を仲介したのが私だったということから、もろもろ関わることになったのです。

昨日は合羽橋を見に行ったり、再開後の構想を考えたり、ひょっとしたらカウンターにも立てそうなときは立つかも。

ぜひぜひ遊びに来てください!

 

さて、barという空間に私は、得体の知れない可能性を感じています。近年、スナックを始めたがる若者も増えていますが、恐らく同じことでしょう。

barという空間に期待すること、それはサードプレイスというか、ローカルコミュニティというか、弱そうで強いつながりというか。。。

一言でいえば、家や職場と違って、年齢も性別も立場も関係なく、フラットに人が集まれる空間です。

客が一人でぶらりと来る。隣に座っていた人と、ただの人間同士として忖度抜きの本音を喋る。

bar=呑むというイメージですが、「呑む」なんてことは実は、緊張を取っ払うための装置でしかなく、本当のめくるめく世界は、その先に待っているのです。。。

 

そんなことを考えながら7年ぐらいが経ち、この度、こういうことになりました。

今年はコロナがあって、「分断社会」が明確になって、その分、barが担える役割も、大きくなっている気がしていて。。。

ともあれ、詳細はまた追って。ひとまずは簡単な近況報告でした。

都知事選2020の感想

都知事選が終わりました。

開票と同時に現職の当確。という、アホ臭い結末でした。。。

 

何をどう考えたら現職の名前が書けるのか。

私にはよく分かりませんが、その恩恵を受けている人や、政治に期待するという発想のない人、そんな人がまだまだ多かったということでしょう。

 

さて、私にとって今回の選挙は、初めて「投票する人に迷う」選挙でした。

4年前の前回は典型的な「浮動票」。よく考えもせず現職に投票しましたが、今年になってそのメディア戦略に踊らされていたことに気づき、またコロナ禍の克服を任せられる人間でもないことに気づき、「現職以外」で投票するため、それなりには勉強しました。

そして理解したことの一つが、「民主制=投票だけではない」ということ。

政策の見方、報道の聞き方、メディアの選び方、などなど日頃のあれこれこそが政治リテラシーであって、今回、残念ながら結果は伴わなかったけれど、選挙が終わったからといって民主制が終わったわけではないので、これを機に「それでも現職が選ばれた」理由を考え(報道とか利権とか)、今後の都政を見張ると共に、今回注目した宇都宮さんや山本太郎の活動を見守っていきたいと思います。

来世は社会の先生になりたい。

こんにちは。6/27(土)の昼です。

昨日は本業を中抜けして、副業の面接に行ってきました。どんな副業かというと、「塾の教材校正」です。

文京区は「文教地区」なので、塾とか教育系の求人が多いんです。その中に、静岡の秀才ならほぼ通うリージョナル塾Sの求人もあり、その懐かしさからエントリーしてみたのです。

 

「面接」っていうのはほんの3分ほど。重いのは学力テストでした。

校正=間違い探しなので、問題そのものも多少は解けなきゃならないということで、私は高校地理と小学社会のテストを受けたんだけど、

全ッ然できなかった!!! 

びっくりするほどできなかった。地理だけは自信あったのに!

しかしですね、自分の低学力を棚に上げるようではありますが、裏を返せばそれだけ「大人になるのに必要のない知識」を教えているともいえるわけです。

 

例えばどんな問題かというと、

インドの農作物 | tatsujin-sさんのブログ

こんな風にインドの地図が出てきて、円は米、小麦、綿花の生産量を表しています。どの図が米で、どの図が小麦で、どの図が綿花かと問われているわけですが、

要らない!この知識要らない!

 

では、どんな知識だったら要るかというと、例えばインドの綿花だったら、先生がこう問いかけてみるとか。

『私たちが着ているTシャツ、その原料となる綿はインドで多く栽培されてるんだって。一体どんな人たちがどんな風に働いてるんだろうね。「インド 綿花 労働」で検索してみよう』

実際に検索してみたら、「児童労働」とか「農薬まみれ」とかじゃんじゃん出てきて驚いちゃったけど、

驚くから考えるのであり、考えるから社会が良くなるのだとしたら、考えるために教えること、それが必要なんじゃないでしょうか。

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実際の検索結果

一方、小学社会(つまり中学受験)もなかなか味わかった。

問題は「歴史」「地理」「公民」で構成されているのですが、「公民」はほぼ論述。

ふるさと納税」の説明を求められたり、「食料自給率は低いのに食料廃棄は多い」実態に対して意見を求められたり、ここぞとばかりに書いてしまったけど、知識を問う系の問題は・・・。唐から来て仏教を広めた人の名前とか、栄西が開いた宗教の名前とか、ぜんっぜん分かりませんでした。

 

そもそも私、歴史って科目は苦手だったんですよ。まず、古いほうから教える理由が分からない。「今」との関係がないから、興味が湧かず覚えられなかったのです。

だけど、Tシャツの例もしかり、「今ここにある問題」なら興味が湧くわけで、例えば最近なら「イージス・アショア」ってのが問題になったというところから、日本に米軍基地が置かれることになった経緯として戦後の歴史を学んでみたり、そのほとんどが沖縄にあるという実態から東アジアやの地理を学んでみることはできる。

要は歴史が苦手だったんじゃなくて、その「教え方」が苦手だったということです。あー、社会の先生になりたい。

 

さて、今回教育系の副業を探しているのには、ある理由がありました。

それはコロナ禍をきっかけに政治や社会を学ぶようになったこと。そして、これは恐らく真理だろうだけど、政治とか社会とか学ぶと、結局「教育」に行き着いてしまうんです。

社会が悪い→政治が悪い→選んだ国民が悪い・・・という風に考えていくと、「こんな国民に誰がした?・・・教育だ」という気づきに至ってしまう。そしてテストを受けに行って、「確かに教育が悪い」と実感できたのが昨日。

※塾を批判しているわけではありません 

 

社会=歴史、地理、公民って、未来の人材を育てるためにタテの知識(=歴史)とヨコの知識(=地理)とイマの知識(=公民)を教えるわけじゃないですか。

それにしちゃどうでも良い知識ばかり教え過ぎだし、興味の湧く教え方にもなってないし、こんなんで社会を見る目が養われるわけないって、たかが副業からいろいろ考えてしまいました。

 

今日はこれとこれを見よ。


宇都宮けんじとZOOM Special対談  #宇都宮けんじ ×前川喜平  ~不屈の2人が、都政を変える!


6月27日 わたしの一票、誰に入れる?都知事選候補に聞く10の質問 #都知事選候補討論会

 

KYON2を好きになった日|あなたとラジオと音楽と

こんばんは。6/26(金)の夜です。

10日も穴を開けてしまいましたが、今日から多少ふわふわ自由に、再開していこうと考えています。

 

というのも、コロナ禍の3月以降、政治やら社会やらに目を向けていたのですが、私なんぞには無理だなと。それをテーマに「書く」というのは。

もちろん「目を向ける」のは向けるけど、アプローチはもっと自然体でなきゃできない。

 

そのきっかけになったのは、KYON2こと小泉今日子さんです。

6/21(日)に放映されたラジオ特番を聴いていたら、そんな気分になったのでした。

小泉今日子

radiko.jp


「小泉今日子 あなたとラジオと音楽と」 

KYON2っていったら、今も昔も人気者。特に50才以上の男性たちは、私の好きな奥田民生含め、誰もが「ぽっ」となる存在らしい。

私はもちろんそういうことないけど、「#検察庁法改正案に抗議します」で注目し、その流れで聴いてみたのです。

結果、KYON2が人気者である理由が分かったというか、自然体だから良いっていうか、とっても素敵な番組で、3回も聴いてしまいました。

 

そもそもラジオっていうのは、「私に対して」喋ってる感じがするじゃないですか。TVと違って映像がないせいか、電話でもしてるような錯覚に陥るというのか。

だから、あのKYON2が私に喋ってる感じがする。

これが第一段階で、また内容が「誘(いざな)われる」。

 

特番のテーマは「あなたとラジオと音楽と」でした。

コロナ禍でどう過ごしてる?→リスナーからの投稿を通して→(KYON2は)TVやNET動画見てたけど、ラジオも聴くようになったよね。

みたいな、まるで久しぶりに会った友達みたいに始まり、どんどんどんどん、キョンキョンの暮らしぶりやアイドル時代のエピソードなんかに引き込まれていくわけです。

いうなれば、KYON2を中心に、全国のリスナーと同じ卓を囲んでるような感じ。

例えば、中森明菜の曲がかかるとき、KYON2が「明菜ちゃんは同期で同士」と懐かしんだり(デビュー曲の「スローモーション」が名曲!)、志村けんに関する投稿が来て、その死を悼みながらも在りし日の夢を偲んだり。

最後、KYON2自身の楽曲「My Sweet Home」から「父の日」に流れる辺りは秀逸過ぎて泣けました!!!

 

まぁ何というか、KYON2という「ママ」を中心にゆるゆる飲めるバー感覚です。単に音楽だけ聴いてるんではなく、単にトークだけ聴いてるんでもなく、投稿したリスナーとKYON2自身の追憶や感情に、一緒になって寄り添う感じ。

聴いているその時間、自分の中で「共感」なのか「優しさ」なのか分からないけど、とにかく温かい感情が泉のように湧いてくるのを感じ、とっても幸せになれました。

KYON2はラジオ自体が久しぶりらしく、喋りが巧みなわけではないし、リスナーの名前も読み間違えるし、途中で(スポンサーの)チョコ食べ始めるし、そこがまた自然体で、「癒し」になるのかもしれない。

ちなみに最後は「都知事選行きましょうね」とのこと。

 

KYON2って、凄い。 

ということでこのブログも、目指せKYON2のラジオ。いろいろ考えると書けなくなるので、自然体で行くつもりです。

純粋さと実力は両立するか|なぜ君は総理大臣になれないのか

映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を見てきました。

6/13(土)に公開以来、連日満員というこの作品。現職の政治家を追ったドキュメンタリー映画ですが、今年見た中でベスト3ぐらいに良かったです!

何が良いって、「政界のリアル」が分かり勉強になるという面もありますが、何より「日本を良くしたい」という小川さんの純粋すぎる想い、それゆえ「政党政治」に翻弄されてしまう姿が、予定外に泣けてしまったのです。

この人は、アレですね。政治家という生き物を2×2のマトリックスに分けるとしたら、小池百合子安倍晋三とは対極、ムヒカ大統領とは同じか近い枠に入る人ではないでしょうか。

希望の党』に希望はなかったけど、こういう議員がいたことに、少し希望を感じました。

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僭越ながら、映画の中身を紹介しましょう。

ドキュメンタリーの始めは2003年。「日本を良くしたい」という想いから、東大を出て自治省(今の総務省)に入った小川さんでしたが、官僚の立場でそれを実現することに限界を感じ、退職。32才で民主党から、衆議院選挙に立候補します。

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ところが、同じ選挙区の対立候補は地元メディアのオーナー一族(強すぎ・・・)でもある自民党の平井氏。「爽やかさ」ぐらいしか取り柄のないピカピカの1年生候補が太刀打ちできるはずもなく、得票率10%の差をつけられ敗北を喫します。

その2年後、辛くも比例で当選しますが、党内には選挙区>比例のヒエラルキーがあるため、政権どころか党内ですら出世できない日が続くことになりました。

小川さんは自称「日本を良くしたいオタク」。日本を良くする政策をあれこれ考えてきたのに、出世のために求められるのは、党利党益≒与党の批判や揚げ足取りばかりだったのです。 

本作で多くの尺が割かれているのは 、2017年の衆議院選挙です。

この時期に起きたことといえば、小川さんが所属する民主党の分裂・再編。そして当時、女性初の都知事として脚光を浴びていた小池百合子が(何故か)立ち上げた『希望の党』へ、小川さんのいる民進党も合流・・・という流れから一転、小池が「全員は入れない」などと翻したもんだから、「あんな卑怯な党に入るなんて!」と小川さん自身も非難を受けることになります。

逆風吹き荒れる選挙戦。今度こそ「選挙区で」勝ちたいのに!

妻は支援者に頭を下げ、両親は知人に電話をかけ、10代の娘2人は父と一緒に商店街周り。遠方から駆けつけた友人(大学教授)の応援演説がまた泣ける!全員野球の選挙戦です。

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そして、声をがガラガラに枯らしながら迎えた投票日、家族や後援会メンバーが固唾を飲んで見守る中、開票結果が出たのは深夜1時過ぎのこと(=接戦だった)。

・平井氏 81566票

・小川氏 79383票

得票率では僅か1.4%の差で、敗北・・・。

直後のがっくりと肩を落とす姿。本人が一番悔しいのに、集まった一人一人と握手を交わし「ありがとう」「ごめんなさい」を繰り返す姿。その無念さを想像したら、私も涙が3滴、4滴。

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ちなみにその後、小川さんは比例復活を果たしますが、同じ高校の2年先輩で、東大→官僚→民主→民進希望の党という流れも同じ玉木雄一郎氏は現・国民民主党の党首ですから、比例=出世が遅いのは実際その通りなのでしょう。

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さて、そんな小川さんですが6/11(木)の『JAM THE WORLD』に出演していたので内容を少し紹介します。引用が雑なので、できれば直接聞いてくださいw

※6/18(木)まで『タイムフリー』で聞けるはず

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まず、安倍政権は何故長く続いているかと問われた小川さん。

自民党の執念深さは、「権力の維持」に関してはあらゆることを乗り越えてくる。政策も人間関係も(←野党の考えた政策を横取りすることも含め)。そういう意味でプロ(の与党)だと思う。

ところが、野党はみんな自己主張が激しくてなかなかまとまれない。『権力なんて要らないから純粋でいさせてくれ』的な風紀がある。

それでも野党が必要な理由として、

(イギリスに)『保守政権は天然もの、非保守政権は人工物』という言葉がある。

自民党(=保守)は強いもの、富裕層、力のある人たちを背景にしているので、政治権力を持つことは「自然」なこと。

ところが、世の中には頑張って働いて自分と家族をぎりぎり支えてる、弱い立場の人、必ずしも富裕でない人もいる。そういう人の声を受けるのが旧民主党勢力(=非保守)だ。

(野党が)純粋にそうなりきれてるかは別として、大きくいうと力の強い人たちの声を代弁する勢力と、そうじゃない人たちの声を背負う政党とがバランスを取らなきゃいけない。ということは、野党がときどき(人工物のスペアとして)政権を取らなければならない。

にもかかわらず、2009-2012年の民主党政権が短命に終わった理由を問われると、 

自民党は極めて権威主義国家主義。国家のメンツや体面を維持する人たち。一方で自分たちは、市民の自由や人権に寄って立つ勢力。

但し、その理念を実現しようとしたときに素人じゃダメで、政権を運営するプロとしての気構え、ノウハウも必要だったはずなのに、(民主党には)それがなかった。

政権交代は野球の攻守交替に似ている。

与党は守備について社会を混乱させることがないように守りを固めている。野党は打席に立って、守備の弱いところを突く。何故なら守備が弱いと、その被害を受けるのは国民だから。

ところが民主党が政権に立ったとき、民主党は守備位置についてバットを振っていた印象があった。

政権を担当するとはどういうことか、国家を統治するとはどういうことか、それが体に浸み込んでないと、理想論や政策論だけじゃどうにもならないと感じた。

とのこと。極めて真っ当な分析というか、こんなに分かってる人に「与党の揚げ足取り」だけさせるのは勿体ないような気がします。

ちなみに私が好きなのは、終盤の「理想とする社会」に関して。

北欧は税金が高いけど、国民は不満に感じていない。ちゃんと自分たちのために遣われていると分かってるから。

北欧の人は「政治家が汚職をするなんて信じられない」という。一方日本では「政治家が汚職をしないなんて信じられない」。「あんな信用できない悪いヤツらに税金なんてビタ一文払いたくない」となっている。

北欧では「安心社会」ができている。教育、医療、福祉が無償。年金も万全だから、国民は安心して暮らし、何が起きるかというと貯金をしなくなる。すると経済が回る。日本で起きていることはその逆。

信頼が連鎖している国と、不信が連鎖している国の違いだ。

確かに私も、節約しちゃー貯金しているけれど、「不安だから」とは気づかなかった。貯金=当たり前すぎて。

要するにこれは、未来の不安のために今の楽しみを削っているということでもあり、「そんな人生は幸せか?」という問いにも通じるものがあります。

そして小川さんは、こうして話を結んでいます。

政治家と国民は車の両輪。

(北欧で)信頼できる政治家を選んできたのが国民なら、(日本で)信頼できない政治家を選んできたのも国民。 政治一流/国民三流もなければ、政治三流/国民一流もない。 

なるほど。

仮に日本が豊かでないとすれば、仮に人生が幸せでないとすれば、それが実現できる政治を国民が選んでこなかったからだと。

優れた政策より、パフォーマンスとポジション取りが重視される政治を、国民が許してきたということでしょう。純粋な政治家が出世できないないとしたら、「それが実力」ではなく、そんな政界を国民が選んだということでしょう。

一国民としては「自浄」を期待したくなるけれど、まずは一流の政治家を選べる一流の国民に、自分がならなければならないようです。

差別の構造Ⅱ|それでも夜は明ける

アメリカでの反人種差別デモが、大きなニュースとなりました。

奴隷制廃止から100年以上経った今でも、差別が続いているその背景には「利権に屈する為政者」と「不安に屈する市民」の存在があるのではないかと書きました。

tokyo100k.hatenablog.jp

前回は、やや為政者側に寄ってしまいましたが、ではでは市民側はどうか。

自分が殺されかかっても、「差別は良くない」なんていえるのか、それを考えさせられるに至った、1本の映画を紹介します。


映画『それでも夜は明ける』予告編

2013年に公開され、アカデミー賞も取った映画『それでも夜は明ける』。

舞台は1840年代のアメリカ。「奴隷」が高値で売買された時代に、自由黒人(=法的に奴隷身分ではなかった黒人のこと)でありながら拉致され、12年もの間奴隷となったソロモン・ノーサップ氏の自伝が原作です。

 

私は子供のころ、『アンクルトムの小屋』という映画で奴隷制を学びましたが、今回の映画も負けず劣らず、惨い。奴隷制を描く以上、惨くならざるを得ないのでしょう。

・男女関係なく裸で並べられ、丈夫な「家畜」かどうかを品定めされる奴隷市場

・(ノーサップ氏が)優秀だったために、白人の中間管理職に睨まれ、首を吊られ殺されかけるも、誰一人助けようとしなかった農場での1日

・(当時の大産業であった)綿花摘みが巧く、白人の主人に気に入られたために性的搾取まで受けることになったノーサップ氏の仲間

・その彼女が働いたちょっとした粗相に対し、(主人の代わりに)ムチ打ちするよう命じられたノーサップ氏の葛藤

などなど、映像で見れば1000倍惨いから見て欲しいですが、私が悲しかったのは奴隷制というよりも、そこにいる人たちから「良心」が奪われていく過程でした。

 

奴隷制は昔のこと。

こんなに惨たらしいことは、今の世界では起きてない。

と、日本にいれば考えがちです。

 

が、構造として、近いことは起きているはず。

例えば会社で、学校で、正しくないとは分かっていても、権力者側に立ってしまうこと。弱い者いじめに加担してしまうこと。

最近多い「誹謗中傷」界隈もそうかも。同じ市民であるはずなのに、何が中傷に走らせるのか。「やらなければやられる」という「不安」が背景にあるのでしょうか。

 

さて、元の問いに戻ります。

自分が殺されかかっても、「差別は良くない」なんていえるのか。

・・・私にはいえません。

単なる「昔のこと」じゃない。人間はここまで、惨くなることができるのです。

だから体制そのものを、否定しなければならないのでしょう。

良心を奪われ、自分がその加害者になってしまう前に。 

差別の構造Ⅰ|13th -憲法修正第13条-

2020年6月前半のニュースといえば、アメリカ全土で黒人差別に対する抗議デモが広がったことでしょう。

連日、目を覆うような映像を目にして、ちょうど香港(や東京)のデモと重なったこともあり、もやもやと気分の晴れない日が続きました。

 

差別は良くない。

これは、子供でも分かる「普遍」のはずです。なのに、何故なくならないのか。

昨夜はこんな問いに対して、答えをくれる映画を見ました。

答えは「人間の弱さ」。これを正しく認め、方策を講じることが、永遠のテーマなのだと感じました。

 

映画は『13th -憲法修正第13条-』というドキュメンタリーです。


13TH | FULL FEATURE | Netflix

アメリカの黒人差別は、17世紀~19世紀まで続いた「奴隷制度」が発端。

その奴隷制度は、本作のタイトルでもある、

1865年のアメリカ合衆国憲法修正第13条の成立で終わったことになっている。Wikipedia

が、その13条に「抜け穴」があるため、事実上、その体制は続いているという内容です。

奴隷制もしくは自発的でない隷属は、アメリカ合衆国内およびその法が及ぶ如何なる場所でも、存在してはならない。ただし犯罪者であって関連する者が正当と認めた場合の罰とするときを除く。Wikipedia

 

本作はドキュメンタリーなので、徹底的な取材により構成されています。曰く、

アメリカの人口は世界の5%だが、アメリカの受刑者数は世界の25%を占める。

アメリカの白人男性は17人に1人しか逮捕されないが、アメリカの黒人男性は3人に1人逮捕される(①)。

客観的に見て「ん?」となる数字ではないでしょうか。

要するに、アメリカの黒人男性が逮捕されすぎているということです。軽微な罪でも「犯罪者」に仕立てられ、不当に収監されているのです。

では、それで得をするのは誰か。

映画が伝えるのは、70‐80年代の政権における黒人差別の「政治的利用」、そして90年代以降における「利権としての刑務所産業」です。

詳しいことは映画見てくれって感じなんですが、

要は、治安が悪くなる原因=黒人というイメージを作り、断固として闘う大統領候補=自分として、票集めを行った(②)。90年代に入り刑務所運営が民営化されてからは、その会社を儲けさせるため、厳罰化の法改正までして受刑者(=刑務所の住民)を増やしたということです(③)。

利権に弱い為政者を、不安に弱い市民が支え、その犠牲に黒人がなる。

「人間の弱さ」が土台になった社会です。

 

ちょっと前の私ならきっと、「うわぁ、アメリカ怖い」で終わってしまったことでしょう。日本には「黒人対白人」というほど、分かりやすい対立がないからです。

ですが、例えば①のような不均衡は、日本の「米軍基地」が

国土面積の約0.6%しかない沖縄県に、全国の米軍専用施設面積の約70.27%が集中している。Wikipedia

ことにも見られるし、

②のような政治的利用は、わざわざ『東京アラート』なる基準を作り、選挙を前にそれを「クリア」して見せた小池百合子の姿だし、

www.tokyo-np.co.jp

③のような、まるで人権を担保にした利権構造は、『サービスデザイン推進協議会』のようなところにも見られるわけです。

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「人間の弱さ」を土台に、得をする人と損をする人の差が、日本でも明白になっています。

ですが、アメリカほど分かりやすい対立構造がないので、問題の本質や、対抗策が小さく見えがちなのかもしれません。

心がけたいのは、世界の情勢に目を向けること。悲しいことは悲しいと感じ、内面化し、その構造に目を向けること。

小さくても、それぐらいならできるはず。