ゆかこの部屋

小さな幸せを集めて貯めるblog

ヨガに120回通って分かったこと

7月から「ホットヨガ」を始め、通算120回ほど通いました。

頻度は週5→週3~4に減らしましたが、肝心の成果はどうなっているのか。

 

1ヶ月目…2kg減(-2kg)

2ヶ月目…2kg増(±0kg)

3ヶ月目…1kg減(-1kg)

5ヶ月目…0.5kg増(-0.5kg)

 

ほ、ほとんど減っていない!

………ように見えるでしょうが、筋肉が増えたみたいで、体脂肪が減りました。その量、1.5kg分。人にはまだ気づかれませんが、少しは「薄く」なった気がします!

 

薄くなれた要因は、食を改善したことです。

朝:玄米+味噌汁+魚+漬物

昼:大豆プロテイングリーンスムージー

夜:鶏肉のサラダ

と型を決め、来る日も来る日も継続………したわけではないけど、ある程度は続けられています。

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私は元来、食に頓着しないほうで、自炊とか献立とか、考えるだけで面倒くさい。油断すればコンビニへ直行!………という日が今でもあるにはあるけど、

曲がりなりにも続いているのは、「体に良いものを食べる」という目標に対して、努力の続けられるレベルまで、ハードルを下げたからかもしれません。 

 

①目標を掲げ、それを目指そうとする姿勢と、②自分に合う方法を見つけることは「両輪」。 

高望みしすきてはいけないし、もっと頑張っている人と比べて、自分を卑下してもいけない。今の自分にできることを、現実的に考えないと!

 

というわけで、食改善は今が1ヶ月。人間の細胞は2ヶ月で入れ替わるというから、来月の今頃、どんな細胞になっているか楽しみです。

柳美里に見る「穏やかな年の取りかた」|人生にはやらなくていいことがある

ラジオを聴いていたら、作家の柳美里氏が出ていました。

翻訳された著作『JR上野駅公園口』が、アメリカで権威ある文学賞を取ったのだそう。

www3.nhk.or.jp

柳美里氏といったら、20代のときに読んで以来。

線が細くて不幸そうで今にも消えそうなイメージしかなかったけど、インタビューを聴いてみたら、意外にも(?)穏やかな年の取りかたをしてそう。

震災後、南相馬に移住したとか、そこで本屋を営んでいるとか、全てが初耳、初耳だったので、「その間」が気になり、本を1冊読んでみました。

 

柳美里:人生にはやらなくていいことがある

目次

はじめに

第1章:後悔とは何か

第2章:お金

第3章:家族

第4章:死

あとがき

在日コリアンとしての出自、育児放棄された幼少期。親の期待を背負って名門校に入るも、精神に異常を来たして中退。劇団員になってからは、師匠である東氏と長く暮らし、作家への転向後には芥川賞も取るが、多くのスキャンダルに泣かされた。そして、東氏ではない男の子供を妊娠、出産。

などなどが、南相馬での暮らしと交錯するように、全4章に散りばめられています。

壮絶な半生。それでもこの人は生きて、再び脚光を浴びている。

何が彼女を生かしたのか。

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あくまで私の感想ですが、答えは「現実に目を向けること」「丁寧に暮らすこと」「自分の役割を見つけること」ではないかと。

震災後、南相馬に通い、移住することになった柳美里氏は、地元の災害FMでの仕事などを通し、南相馬の人たちの暮らしに耳を傾けてきたそう。

南相馬で暮らしていると、仮置場に堆く積まれたフレコンバッグ(汚染土、除染廃棄物を詰めた黒い袋)が目につきます。元々は田畑だった場所です。

ということで、震災から5年経っても(本書が出たのは2016年)、復興はまだまだ続いている。そんな現実の中で、

南相馬の方々は、目の眩むような痛みを潜り抜けて、あるいは痛みの只中にありながら、為すべきことを為して、日々の暮らしを営んでいる、営もうとしているのです。

南相馬で、延べ450人以上の話を聴く中で、柳美里氏には「見えてきたこと」があるそうで、

それは、絶望を抜ける小道は「生活」にある、ということです。

(中略)

とにかく、日常生活を丁寧に繰り返す。繰り返すことでリズムを生み出す。書くこと(仕事)をそのリズムの一部に組み込む。

(中略)

南相馬で丁寧に暮らしている方々は、仕事も驚くほど丁寧です。

たとえば、靴の修理をボンドだけじゃなく、手縫いでもやっているお店には、県外からも壊れた靴が送られてくるそうです。

他にも、母の和風の古い生地をスカートに仕立ててくれた、夫婦で営んでいるテーラー屋さん、時間に遅れるようになったアンティークのネジ式沖時計を全部分解して修理し、狂いが出ないかどうか1ヶ月も様子を見てくれた、夫婦と息子で営んでいる時計屋さん、30代の兄と弟で競うように次々と少量のおかずを店頭に出す総菜屋さん。

大きな成功も大きな失敗もないこの町で、原発事故以前から「福島のチベット」といわれていたほど交通の便が悪い場所で、人々は丁寧に、誇りをもって、日々の暮らしを営んでいるのです。

ところが震災によって、その営みが壊されてしまった。

柳美里氏は、丁寧な暮らしの物語に耳を傾けることで、それを奪われてしまった痛苦を想像することで、作家としてそれを世に出すことで、生き延びたのだろうと感じました。

odaka-fullhouse.jp

そういえば冒頭のラジオで、「作家の役割は声にならない声を聴くこと」ってコメントしてたけど、それはこういう意味だったのかな。

南相馬の人々を背負ったとき、柳美里氏は新しい人生を得たのかもしれません。

現実、暮らし、役割か。。。

目標探しを始めたら、意欲が湧いて止まらなくなった

9月以降ほぼ絶筆状態だった私ですが、ここ数日は書いても書いても、書きたい意欲が湧いてきます。

意欲の湧くスピードに「書く」が追いつかず、久しぶりに「頭が疲れる」感覚を覚えていますが、今回はそんなことになるきっかけとなった本を紹介します。

米山彩香『やりたいことを全部やってみる』

目次

はじめに:「成功できない人」の7つの特徴

第1章:誰でも「なりたい自分」になれる

第2章:いますぐ行動する人だけが成功する

第3章:夢を叶える「6ヵ月プログラム」

第4章:最速で理想に近づく「PDCAサイクル

第5章:これからの女子のお金の考え方

おわりに:すでにあなたは変わり始めている

巷によくある起業本ですが、私に効いたのは「はじめに」です。

はじめに:「成功できない人」の7つの特徴

①すぐにやらない人

②やりたいことが漠然としている人

③ひとりで抱え込んでいる人

④「ここまでやったんだから」と、後戻りできない人

⑤準備が完璧でないと実行しない人

⑥自分のやり方が一番だと思い込んでいる人

⑦想定外の出来事に対処できない人 

これを自分でスコアリングしてみたところ、

①すぐにやらない人→★(当てはまらない)

②やりたいことが漠然としている人→★★★(当てはまる)

③ひとりで抱え込んでいる人→★★(やや当てはまる)

④「ここまでやったんだから」と、後戻りできない人→★

⑤準備が完璧でないと実行しない人→★

⑥自分のやり方が一番だと思い込んでいる人→★★

⑦想定外の出来事に対処できない人→★ 

という結果に。

なるほど。うすうす感じてはいたが、やっぱり「②やりたいことが漠然としている人」か。

 

プロフィールにも書いてある通り、私の今の目標は「綺麗で賢くて優しい人」になること。それ以上でもそれ以下でもありません。

昔の目標(世界平和)に比べれば輪郭ぐらい見えてきたけど、今も昔もふんわりふわふわ。具体的な目標もなく(或いは、あっても間違っていた)、今まで生きてきてしまいました。

 

そんな人に対する処方箋は、「第1章」に書かれています。

まず具体的に固め過ぎずに、

・将来、どんな女性になりたいのか?

・どんなライフスタイルを送りたいのか?

・何を大事にする人生にしたいのか?

からイメージを始め、1ヶ月ぐらいは心から楽しいと感じることや、ロールモデルを探し、その上で具体化していけ、とのこと。

私の大目標は「綺麗で賢くて優しい人」ですから、今は「綺麗で賢くて優しい人」が楽しいと感じそうなことや、ロールモデルを探すのに大忙し。ありがたいことに、行動すればしただけ気づきが得られるので、それを書くのにも大忙し、というわけです。

 

というわけで、以上がblogを再開できるようになった背景です。

これを見てくださる(且つ面識のある)方に一点だけ伝えるとすると、目標を考えたり文章を書いたりで、遊ぶ暇がありません。

そのせいで、今まで大切にしてきたヒトやコトの一部を蔑ろにしていることは自覚しているのですが、そのうち正常化するはずなので、そしたらまた遊んでください。

コロナの年の紅葉|小石川後楽園

小石川後楽園で、紅葉狩りをしてきました。

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全体としては色づき始め、真っ赤な木が何本かあるという感じでしたが、さすがは徳川家の跡地。風光明媚には違いなく、交通費0円、入園料300円で見るには贅沢すぎる景色でした。

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園内に入り、することといったら、スマホを片手に綺麗な紅葉を探し回ること。

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風が吹けば枝が揺れ、光が射せば葉が透き通る。

紅葉の素晴らしさは、風や光との共演です。1時間ほど歩き回って、その瞬間、その瞬間に移りかわる表情を切り取ります。

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その間、頭で何かを考えるということはなくなり、美しさを感じる感性だけが、ごろっと前に出てくるよう。

自然の中に身を置くと、私は、そんな感覚に陥るのです。

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今年はコロナの影響で、家に引きこもる時間が長くなりました。その中で感じたのは、家にいると頭ばかり使って、代わりに感性が鈍ってしまうということ。

さまざまな情報に触れては、あーだこーだと考える割に、ちっとも楽しいことがない。楽しい「こと」がないというより、感性が劣化している。そんなことに気づきました。

その点、自然は良い。考えてもしょうがないことに対する、ある種の「諦め」が芽生えてきます。

風が吹けば枝は揺れ、池の水面にはさざ波が立つ。光の当たらないところには、どうしたって当たりません。私が考えようと、考えまいと。

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ちょうど複雑に絡んだ毛糸が、ほどけて1本に戻るような感じがある。

カニズムはよく分からないけど、頭と感性とがチューニングされるのでしょうか。

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自然の中に身を置くこと。

改めて、これは習慣にしていきたい。

足元ぽかぽか毛糸のスリッパを編んでみた

足元が冷える季節になったので、毛糸のスリッパを編んでみました。

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足元ぬくぬくで嬉しいけど、ずっと履いていたらモップみたいに汚れそう(><)

履くために編んだのに、気に入りすぎて履けないというジレンマ(><)

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編んでいる最中は「夢中」だった。

朝から編んでいたのに、気づいたら夕方になっていた。 

 

時間が勿体ないって?

いやいや、それが編み物の醍醐味なのです。

「編み物をする」というと、「買ったほうが早くない?」的な反応をされることも多いけど、履くために編んでいるようで、実は編むために編んでいるのでもあります。

「買う」ということは、こんなに楽しくて夢中になれるプロセスを、わざわざ放棄してしまうということ。なんって勿体ないんだーーー!

 

早速営業かけたら注文が来たので、次は母のと祖母のを編みます^^

 

-How to Knit-

全体:5段のグラニースクエアを6個編み、繋ぎ合わせる。

ラニースクエアは、

1段目:輪を作り、(立ち上がり3段+長編み2目+鎖編み2目)+(長編み3目+鎖編み2目)×3辺

2段目:(立ち上がり3段+長編み2目+鎖編み1目)+(長編み3目+鎖編み2目)+{(長編み3目+鎖編み1目)+(長編み3目+鎖編み2目)}×3辺

3段目:(立ち上がり3段+長編み2目+鎖編み1目)+(長編み3目+鎖編み1目)+(長編み3目+鎖編み2目)+{(長編み3目+鎖編み1目)×2+(長編み3目+鎖編み2目)}×3辺

4段目:(立ち上がり3段+長編み2目+鎖編み1目)+(長編み3目+鎖編み1目)×2+(長編み3目+鎖編み2目)+{(長編み3目+鎖編み1目)×3+(長編み3目+鎖編み2目)}×3辺

5段目:(立ち上がり3段+長編み2目+鎖編み1目)+(長編み3目+鎖編み1目)×3+(長編み3目+鎖編み2目)+{(長編み3目+鎖編み1目)×4+(長編み3目+鎖編み2目)}×3辺

ヨガに66回通って分かったこと

7月から『ホットヨガ』に通っています。

コロナ太りが止まらなかったため、一念発起したのです。

 

 

通う頻度は「週5回」。

平日は働き、勉強もしている中なので、忙しい。イメージ的には「雨が降ろうと槍が降ろうと」通う感じ。そして肝心の成果はというと、

 

1ヶ月目…2kg減(-2kg)

2ヶ月目…2kg増(±0kg)

3ヶ月目…1kg減(-1kg)

 

イマイチです。

恐らく、食べる量のせいでしょう。今月こそは食をテコ入れしなければ…!


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さて、そんな中ではありますが、重要な気づきも得られました。

私の太い脚=人生そのものだった、ということです。

 

私は昔から、脚がしっかり太いのです。

10代のころ、168cm48kgだったこともありましたが、それでも脚は太かった。

そしてヨガで分かりました。原因は、股関節が硬く、且つインナーマッスルが育っていなかったからだと。

 

どういうことかというと、

・股関節が硬い⇒可動域の狭さによる動きの悪さを筋肉量でカバーしている

インナーマッスルがない⇒外側の筋肉ばかり動かしている

 

私はある時期、ハーフマラソンを走るほどジョギングをしていましたが、全く細くならないどころか、太くなる一方で困っていました。

そして今になって分かったのは、可動域が狭いまま走り、外側の筋肉ばかり育てていたということ。

細くしたいのに、太くなる。

そうです、努力の中身が間違っていたということです。

 

そして、それは人生も同じ。

そのときそのとき頑張って、働いたり学んだりしてきた割に、未だ何者にもなれていないのは、努力の中身が間違っていたからではないかと。

 

…と、書いている今でも、正しい努力の中身など分かっちゃいませんが、体のほうは少しだけ柔らかくなり、インナーマッスルも育ってきました。

 

週5ヨガは残9ヶ月。

その間に、人生の努力も分かれば良いけど。

9月までのことと10月からのこと

2020年も、残すところあと3ヶ月。

コロナ、コロナの1年でしたが、私は元気に過ごしています。

9月までを簡単に復習すると、 


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1〜3月…マイナス収支から脱却するため、新しい仕事のキャッチアップに必死

4〜6月…コロナきっかけで日本社会が意外と崩壊していたことに気づき、主に政治の勉強に必死

7〜9月…ヨガとキャリコン(とバーの手伝い)の両立に必死

という感じでしたが、自分としてはマイナスに潜っていたものが、ようやく水面に顔を出してきた感じでもあります。

 

直近の目標は、キャリアカウンセラーの資格を取ること。早ければ年明けには転職を目指し、

一方、趣味的な世界では、

・農と食
・着物と古民家
・サードプレイスとしてのBar
・文章と写真とパステル画
・弱者にも優しい社会

に興味あり。

 

引き続き、筋の通らない、まとまりのない人生が続きそうですが、焦らず自分のペースで、まずは各分野における先生探しから始めます。

素敵な情報ありましたら、教えてもらえると嬉しいですm(_ _)m

『みんな一緒』から『一人ひとり』の答えへ

来たる11月に『キャリアコンサルタント』の国家試験を受けることにした。

実は私、2018年に養成講座を受けたまま、資格を取っていなかったのだ。

 

 

地方移住したため延期していたのだが、結局、東京に戻ってきて8ヶ月が経つし、そろそろ次のことを考えよう!

ってことで、4万近い受検料を払い、せっせと勉強している毎日である。

 

勉強のモチベーションUPには、「初心」を忘れないことが有効。

しかし私は、自慢じゃないけど忘れっぽい。

そこで今回は、キャリアコンサルタント(以下、CC)を目指す「動機」を書き残しておくことにした。


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私がCCを目指すことにしたのは、今から2年以上前のこと。

当時の私は『リクルートキャリア』という会社で、大学生向けのキャリア指導に関わる仕事をしていて、「働く」ということについて、朝から晩まで考えていた。

 

『働く』とは、

・自分の能力や才能を生かして、社会の役に立つこと?

・社会の役に立つ代わりに、対価を得ること?

 

働いたことのない「大学生向け」だから割と青臭かったが、しかし、自分の現実はどうかというと、

・毎日会社に8時間ぐらいいて、歯車として働く代わりに給料をもらうこと

だった。

周りの人も、多かれ少なかれそうだった。

会社員とは、ある程度そういうものだし、更に残念だったのは、「大学生向け」に教える内容も、面接のマナーとかエントリーシートの作法とか、結局のところ「会社員のなり方」に過ぎなかったことだ。

 

その一方、私は当時、ローカルとかソーシャルに人脈があり、会社の歯車としてではなく、「自分らしく」働いている人を目にする機会も多かった。

ローカルとかソーシャル界隈の人っていうのは、今考えれば「光」の部分しか見てなかった気もするけどそれは置いといて、少なくとも「歯車」感はなかったし、「自分らしく」磨かれていた。

会社で疲弊する歯車よりも、100倍ぐらい格好良かったのだ。

その後、憧れすぎた勢いで、地方移住して挫折したのだがそれも置いといて、改めて、勢い余る前の自分に引き返せば、「歯車」を量産する仕事より、「自分らしく」働く人を増やす仕事がしたい!と、考えるようになった。

 

前置きが長くなったが、ここからが本題。

勢い余って地方移住までして、紆余曲折あった今、私はどんなCCを目指しているか。

それは、

『幸せになるために暮らし、暮らしを維持するために働く人をサポートするCC』

である。

 

どういうことかというと、最近ずっと(?)書いている通り、私は「仕事」を暮らしの中心には置いていない。

暮らしの中心は暮らしであり、暮らしの目的は暮らしである。暮らしを犠牲にしてまで働いて、幸せになれることはないと考えている。

だから職業を考えるときに、職業だけを考えるのではなく、「暮らしありき」で考える。そのサポートができる人材になりたいのである。

 

イメージとしては、西村佳哲さんのワークショップが近い。

決まりきった就職指導ではなく、その人の価値観や、それを満たせる環境を全体像として捉え、その人の中にしかない答えを、見つけ出せるようなサポート。

それはそれは、深い井戸から細い糸を手繰り寄せるような作業で、ハードルはとても高いけれど、それが実現できるんだったら、辛い勉強も苦にならないような気がするのである。

tokyo100k.hatenablog.jp

 

ところで西村さんといえば、9月に『箱根山学校』が。今年も参加しようかしら?

note.com

 

映画『ソワレ』と、共にいるということ

映画『ソワレ』を見てきた。

終演後、拍手しそうになったけど、「あ、映画は拍手しないんだっけ」と手を引っ込めた。

ソワレ」で製作に徹した豊原功補&小泉今日子、日本映画への熱情 : 映画ニュース - 映画.com

ある事情から、逃亡することになった男と女。

未来のない、いわゆる「負け組」側にいる、孤独な若い男と女だ。

頼りない二人が支え合ったところで所詮は頼りなく、「人」という字が支え合わない。すぐにでも共倒れしてしまいそうな、危なっかしい道中。

一歩でも踏み外せば堕ちる。

それでも「共にいる」ということ………。

 

人が発する温度だとか音だとか、言葉のように頭で発し処理される以外の「存在」的なものに身を委ねたくなる作品。

思考でぐちゃーっとなった頭に、効く。

 

印象に残ったのはマニキュアのシーン。女の子「だから」辛い目にあってきた主人公が、女の子「だから」大切にされる喜びを知ったシーン。

気になったのはホースのシーン。まだあるはずだと信じていた母子の愛が、そこに残った水のように「切れた」瞬間だったのか。

それから神社のシーンで見せた険しい表情は………。

 

などなど、気になるシーンの応酬からは片時も目が離せず、製作者、演者と観客との間に一種の緊張関係がある気がする。

ところがその背景には、和歌山のゆったりとした海の姿や波の音。混線する思考を、それが優しく良い具合にかき消してくれた。

 

二本立てにするなら、同じく逃亡劇である『八日目の蝉』一択で。

安倍首相辞任と、「忘れない」ということ

2020年8月28日、安倍首相が辞めることになった。

Twitterで見かけたのは「#辞任と逮捕はセットだろ」というハッシュタグ

権力を盾にやりたい放題。確かに、逮捕されて然るべきだ。

 

が、レガシーなどなくとも、歴代最長の首相(とその周辺)。逮捕、逮捕と期待すれば、裏切られたときのショックは大きいだろう。

そこで私は、「忘れない」ことにした。逮捕はされないかもしれないけど、自分の意志で忘れないことはできるのだ。

 

そんなことを考えていたら、『26年』という韓国映画を思い出した。

これは、かつて民衆の蜂起を制圧し、独裁者として君臨した元大統領(実存)を、その犠牲になった市民の遺族が、暗殺しようとするフィクション。

印象に残ったのは、命を狙われる元大統領が、市民を死なせた責任をろくに感じることもなく「のうのうと」生き永らえているシーン。

安倍氏も逮捕されなければきっと、「のうのうと」生き永らえていくのだろう。

映画とはいえ実存する人物を殺そうとする韓国映画界も凄いが、しかし、ここまでしなければ、市民として「許しません」というポーズにはならないような気がした。

 

さて、安倍政権終焉に際し、日本映画で見ておきたいのは『新聞記者』。


安倍政権が「身内の優遇」と「巧みなメディアコントロール」を通じて、「やってる感」だけで生き永らえてきたことは有名だが、その細かい手口が生々しいぐらい詳しく描かれている。

フィクションではあるが元ネタは分かりすぎるほど分かるし、「こんな連中に命預けてたのかよ………」とショックも受けるかもしれないが、2020年を生きる日本の社会人として、ほとぼりが冷めないうちに見ておきたい作品だ。

 

米倉涼子キョンキョンの共演でドラマ制作の噂もあるし、「忘れない」ってことを、忘れないようにしなければ。

www.news-postseven.com