ゆかこの部屋

小さな幸せを集めて貯めるblog

私の子から、私たちの子へ

2023年5月22日。

やっと退院できた日のことは、きっと忘れないだろう。

この日は、朝10時まで普通に療養。11時にベッドを引き払い、赤ちゃんは退院前最後の検査へ。12時過ぎに再度受け取ることになっていた。

午前中には夫が来て、実家の母は昼過ぎに合流。毎日面会していた夫と違い、母は初めての対面だ。

「Oさーん(私)、赤ちゃん戻ってきましたよ」

助産師さんに呼ばれ、新生児室へ。最後に授乳と着替えをさせてもらう。

この日の退院は3人。ほかの2人はさくさく支度を終えるのに対し、私の子は肝心なときに寝るわ、うんちするわで、20分ぐらい待たせて家族の元へ。

「わぁ…!」

と、待ちに待った赤ちゃんを、くしゃくしゃの顔で抱き寄せた母。

(やっと赤ちゃんを見せられた!)

と安堵すると同時に、孤独な育児から解放され、「私の子」が「私たちの子」になったのを感じた。

産院での育児は3日半。たかが3日半に聞こえるだろうが、そもそも帝王切開の術後で、注射だの投薬だのとひっきりなしに人が来る。そんな中、おっかなびっくり抱っこして、おむつ替えにも四苦八苦。3時間に1回は、やれ母乳だ、やれミルクだと追い立てられる日々だった。

同室中はいつギャン泣きされるかと緊張して眠れず、かといって新生児室に預ければ、空いたスペースがもの淋しくて眠れない。

疲れがピークに達したのは同室2日目の夜。私が見るからに疲れていたため、助産師さんが赤ちゃんを預かってくれたときのことだ。

1時間ほどして授乳の時間になり、深夜の新生児室へ迎えに行くと、私の子が聞いたこともないような大声で泣き喚いている。思わず強く抱き抱え、「ごめんね!ごめんね!」と泣きながら謝った。

後から考えれば、ただ空腹で泣いているだけだったのだが(日常茶飯事)、あのときの私は「子どもを捨てた母親!」と責められたような気になって、ほかのママたちもそこにいたのに、涙を自制することができなかった。

睡眠がほとんどできないため、実質的に3日より長い3日間は、「死闘」としか表現できない3日間でもあった。

 

さて、そんな長く暗いトンネルのようだった入院暮らしを終え、今、私の家にはこの子を見守る眼差しが1人から3人になった。それは新米ママである私を見守ってくれる目でもあり、支えてくれる手足でもある。

夜中にギャン泣きされては「やれやれ…」と共に頭を抱え、くるくる変わる表情を見ては「かわいいね」と顔を見合わせる。

育児の苦しみは分け合うと軽くなり、育児の楽しみは分け合えば増えるのだろうか。そんなことを考えるとまた、涙がこぼれてくるのだった。

長い育児はまだまだ、始まったばかり。

44才の初産(妊娠38週3日)

2023年5月17日に、元気な女の子を出産した。身長49.5cm、体重3052のgの標準的なサイズ。帝王切開での出産だった。

分娩入院したのは5月15日早朝。ベッドから出ようとしたときに少量の破水があり、最初は「おしるし」かと思ったがどうも違う。出勤間際だった夫と共に産院へ連絡。そのまま入院することに。

ところが、陣痛待機すること丸1日。破水した人の8-9割は24時間以内に(陣痛が)来るというのに、待てど暮らせど来る気配がない。

そこで入院2日目は「陣痛誘発剤」で陣痛を起こす。しかし、「陣痛風のもの」に悶絶するばかりで、翌日の早朝には、それも収束。

今回初めて学んだが、出産の準備が整う(子宮口が開くなど)には、薬による「陣痛風のもの」ではなく「自分の陣痛」が来なければならないらしい。

そこで入院3日目も「陣痛促進剤」で陣痛を…(以下同文)。

丸1日の待機+丸2日の悶絶を終え、産院側は「しょうがないのでまた明日…」という雰囲気だったが、こっちは破水している身。更に薬の副作用か血圧は上がるし発熱するし、これ以上、母子ともに保たない!ということで、最後は帝王切開へ。

急転直下の展開で、15:00に施術が決まり15:20にはオペ室へ。「初めての手術…!」と緊張する暇もなく、剃毛され、ストレッチャーで運ばれ、てきぱきと麻酔をかけられた私。

まるで2日間の悶絶などなかったかのように、赤ちゃんはものの15分で取り出され、ふぎゃあふぎゃあ!とよく泣いた。

麻酔のため、動くことすらできなかったけど、横目に垣間見たその子は、小さくてまん丸でふわふわで、ひとりでに涙が流れてきた。「この子が私の中にいたんだ…!」と。

にしても、あれだけ陣痛が来なかったということは、ひょっとしたらまだ外に出たくなかったのかもしれない。にも関わらず突然出してしまった上に、まだ面会もできていないけど(私は寝たきり)、今日か明日には迎えに行くから、こんなママでも待っててね!!

さて、今回の妊娠&出産。母である私は44才。統計*1によれば、初産の平均年齢は30.9才。また35才以上は「高齢出産」と呼ばれることからも、この年齢での初産がいかに珍しいことか分かる。

妊娠検査薬で「陽性」が出た日のこと、今でもはっきり覚えている。その夜は夫(となった人)が来てくれた。その姿が見え、隣に立ち、その指に触れた瞬間、言葉よりも先に涙がどっと溢れてきたのだ。突然のことに対する驚き、高齢出産に対する恐怖から。

そんな感情に2、3日は支配されただろうか。夫(となった人)も不安がるばかりで、全く頼りにならない。そこで私が行ったのはまず、「闇雲に不安がらないこと」った。

涙の中身は「驚き」と「恐怖」だけだったのか。いや、違う。きちんと感情を整理すれば、赤ちゃんを授かったことに対する「喜び」もあったはずだ。であれば、恐怖は潰せるだけ潰し、喜びだけを残したい。

「高齢出産はリスク」というが、果たして本当にそうなのか。調べられることは調べ、計画できることは計画し、絡まりあった毛糸をほどくように、不安を消していった日々。

いよいよ産むことを決断できたのは、妊娠発覚から2ヶ月後、出生前診断の結果を受けてのことだったが、そんなことは意に介さず、赤ちゃんはすくすく育っていた。その子が今、この世に生を受けたのだ。

 

十月十日の妊娠期間を終えた私。

幸い、最初の1ヶ月(つわり)と最後の1ヶ月(臨月)以外は体調が良く、ほぼ安定期のように過ごすことができた。

さすがに、出産まで安産に、とはいかなかったが(悶絶からの寝たきり)、もしも今、あの日の自分に伝えるとすれば、高齢出産=さまざまなリスクとの闘い。だけどリスクはリスクであって、決して回避できないものでもないということ。

今、母となり子育てを始める私。

この年で、貴重すぎる機会を与えられたこと。私がこの子を幸せにすると同時に、きっとこの子が私を幸せにしてくれるだろうということ。間もなく更年期という中で、リスクがなくなることは今後もないだろうけど、それを克服するだけの運と能力が私にはあるはずだ!ということ。

出産直後の「万能感」かもしれないけど、今はそれが、未来の自分に伝えたいことだ。

*1:2021年、厚生労働省の人口動態調査

正産期に入りました(妊娠37週/10ヶ月)

妊娠37週(5/7-5/13)のふりかえり。

体調は10点満点中5点。子宮が下がり血管の圧迫がなくなったのか、突然むくみがなくなったけど、お腹の張りや重みは一段と大きくなった(±0)。

37週からは正産期(37週から41週を指す俗語らしい)ということで、妊婦健診が「隔週」から「毎週」になった。中でも今週はNSTノンストレステスト)なるモニタリングや血液検査があり、また妊婦の間では痛いと噂の「内診ぐりぐり」が始まった。

まずNSTについて。これは赤ちゃんの成長とともに子宮が狭くなってくるため、赤ちゃんの健康に問題がないかを調べるものらしい。結果、赤ちゃん元気です。

続いて血液検査。やや貧血の傾向があるものの、問題になるほどではないです。

いつものエコーは、推定体重2900gぐらいで標準の範囲内です*1

そして気になる内診はというと、先生から「痛いですよ!」と何度も念押しされたがそんなに痛くなかった。思うに、緊張するとかえって痛くなるので、まな板の上の鯉のように、リラックスして見せたのが良かったのだろう。出産もこの調子で頑張りたい。ちなみに、生まれる気配はまだなし。

 

 

今週は吉祥寺で、同僚だったSさん、Kさんと会う。それぞれ11才〜14才、2才〜6才の男の子を育てているママさんで、立場は違えど同じ時代を生きる者として考えていることが近く、「あ~分かる分かる!」の連発。

育児に関していえば、教育費にどれだけ注ぎ込むかとか、学歴より大切なことがあるのでは、みたいなことを既に通過している人たちなので、今、育児書で猛烈にインプットしている私としては、仮説の検証を見ているような感じ。

私たちの共通点は、①TVを見ない、②本を読む、③社会で起きるいろんなことを「自分ごと」として捉えるほうである(多分)。

私は正直10代の頃から、「女の群れ」というものが好きではなく、その意味で「ママ友」とにもポジティブなイメージがなかったけど、この日の再会から「こういうママ友に出会えば良いんだ!」と感じられたのが大きな収穫だった。

 

【速報】

これを清書している5/15、破水して入院したため次回は出産レポートとなります。

*1:37週の標準は2059g~3294g

いよいよ臨月(妊娠35-36週/9ヶ月-10ヶ月)

妊娠35-36週(4/23-5/6)のふりかえり。

体重は妊娠前+9.2kg(◎)体調は10点満点中5点ぐらい。足のむくみがいよいよ酷く、昼でも夜でもパンみたいに膨れている。

体はすっかり重くなり、15分も歩けば、脚の付け根の関節や、子宮を支える靭帯が痛む。そんなこんなで、気づけば昼寝の毎日。フットワーク軽かった私はどこへ…。

 

今週は36週検診だった。

前回(34週)の検診で推定体重が2600gもあり、

「大きすぎる!」と騒いでいたが、今回は2700〜2800gとのこと。やや成長が鈍化したか*1。ただ、どう見てもエコーに不慣れな先生だったため(研修医?)、誤差の可能性もありそう。

ちなみに今回は、上京中の母が同伴してくれた。どうやら私が退院する際には迎えに来るつもりらしく、ちょうど良く病院へのアクセスや、入院する病棟などを案内できる形になった。

考えてみれば、「その日」はもう、1ヶ月以内に迫っているのだ。母や夫がどんな表情で迎えに来るのか、想像すると泣けて…は来ないが、とにかく安全に迎えたい。

GWに唯一遠出した「相模湖」

この2週間でしたことは主に2つ。

1つは「赤ちゃんのいる暮らしのイメージトレーニング」だ。妊娠・出産・育児に関するエッセイ本を読んだり、3月に出産したMさん宅へ遊びに行ったり、逆に助産師さんが家に来たり。

エッセイ本というのは、伊藤比呂美さんの『良いおっぱい 悪いおっぱい』。

1985年に書かれた本で、自由な時代らしく(?)表現が直截的というか、引用するのはやや憚られるけれども、読んでいて「くすくす」が止まらない。産んだり育てたりすることへの不安がかなり軽減された。

良いおっぱい悪いおっぱい 完全版 (中公文庫)

Mさん宅では生後1ヶ月半の赤ちゃんに会う。

上の本にある通り、この時期の赤ちゃんは「飲んで、寝て、出す」だけ。それ以外は何もないけど、しかしこの子が、Mさんのお腹にいたんだとすると、そして私のお腹の中にも、こんな赤ちゃんがいるんだとすると、「(高齢出産である)自分の体にまだ、赤ちゃんを育て、産む能力があったなんて!」というMさんの台詞には大きく共感するところがあった。

そう、そうなのだ。

間もなく妊娠期間を終えようとする今、妊娠して一番面白かったのは、この体の変化を、ダイナミズムを感じられたこと。

TVでしか見たことのなかった「つわり」に始まり、信じられないぐらいお腹が大きくなったり、足腰の関節が外れそうになったり、今までになかったことが次々と起きた。赤ちゃんを育て産むために、実は予め設定されていたプログラムが、私の意識の覚え知らぬところでONになり、どんどんプロジェクトを進めていくのだ。

妊娠期間だから感じる「万能感」かもしれないけど、これだけ変化できるんだったら、これからの人生も何とかなる。そんな気すらしたのだった。

さて、この2週間でしたことのもう1つは、「近い、または遠い将来、赤ちゃんに贈りたいものの準備」。

写真は、お宮参りのときに着せたい「ドレスセット」。レシピ本通りには作れなかったけど(難しかった)、さまざまな妥協を経てこの形に。シンプルな中に少しの華やかさがあって◎◎◎

もう1つは、子どもが20才ぐらいになったら贈りたい、私の「自伝」。

これは家に遊びに来たMちゃんがくれたアイディアだが、せっかく高齢出産で、よそのママより長生きしているのだから、今までに学んだことを文章にまとめておこうと。

ほかにも、「連れて行きたいところ」リストとか「読んであげたい絵本」リストとか、暇に任せて計画を立てまくっている。高齢母には、試行錯誤なんかしてるヒマはないのだ。

*1:36週の標準体重は1927g~3086g

赤ちゃんが大きい!(妊娠34週/9ヶ月)

妊娠34週(4/16-22)のふりかえり。

体重は妊娠前+8.7kg(◎) 体調は10点満点中6点。足のむくみが酷いのと、出産に向け骨盤が緩くなる時期だそうで、足の付け根が少々痛い。

今週は、定期検診のため産院へ。

前回(2週間前)2100gだった赤ちゃんは、2600gにまで成長!!!34週の標準は1650g〜2663gなので、ギリッギリ入ってるけど、500g増えるなんて、ちょっと増えすぎじゃない?

先生曰く「妊娠糖尿病でもないし、お母さん(私)の体重も問題ない。『個性』と呼べる範囲です」とのことだけど、2600gって…私が生まれたときと(37週4日)ほぼ同じじゃないですか!まさか、自ら帝王切開になろうとしている??

あくまで素人考えですが、大きくなった理由について心当たりが少し。

2月下旬に夫(甘党)と同居開始して、3月中旬には妊娠糖尿病の検査に合格(陰性)。そこから「甘い物」に対するハードルが下がってしまい、夫の買ってくるドーナツやらケーキやらアイスやらをぱくぱく食べてしまっていたのだ。

もちろん体重管理はしてたけど、食べる割に体重増えない…というのは勘違いで、赤ちゃんが太ってしまったのかも!!!

そういうわけで、今更感ありありだけど、生産期(37週)までは甘いものを控える!

 

ほか、家づくりや赤ちゃん準備が落ち着いてきたので、数少ない友人に連絡してみたら、遊ぶ予定がちらほらできた。

先輩ママさん曰く「今後十数年は忙しくなるから、今のうちにヒマを楽しんだほうが良い!」とのこと。だ、だろうな…。

出産予定日は5/28。生産期となる5/7以降は動きづらくなるので、今のうちにラストスパート!!

44才妊婦になりました

2023年4月19日、44才の誕生日を迎えた。

目が覚めて居間へ行くと、夫からのプレゼントが置いてあった。前から欲しかった缶(クッキー)!

昼間は、以前から予定していたベビー服の「水通し」。

快晴の空とぽかぽか陽気の中で、作り貯めたベビー服(+α)を干す。その数、11枚。我ながらよく作った。

誕生日を迎えて気づいたのは、44年前の昨日には、母が産気づいていたということだ。

今まで、誕生日=自分が生まれた日!としか考えていなかったが、実はその前から母の胎内には私がいたということ。

今の私が感じているような胎動があったり、今の私がしているようなもろもろの準備があったり、私の誕生を楽しみにしてくれる人がいたりしたのだと、自分が妊娠してみて、初めて気づくことができた。

当時の母には、息子が一人(兄)。「今度は女の子が欲しい!」と望んでいたところに女の子の私ができたらしい。

女の子として生きること44年。そんな私がこの度やっと、妊娠・出産という女の子しかできない仕事を全うしようとしている。こんなチャンスに恵まれるのは相当幸運なことだろう。

44才の1年は、与えられた機会と今の想いを、大切にする年にしたい。

花の一週間(妊娠33週/9ヶ月)

妊娠33週(4/9-4/15)のふりかえり。

体重は妊娠前+7.8kg(◎) 体調は10点満点中6〜7点。前半良かったが後半下り坂で、寝ても寝ても眠い。仰向けで寝るとお腹が重いのは前からだが、最近は横向きでも重いときがあり、抱き枕が欠かせなくなってきた。

今週は花の一週間。

家のベランダは南向きで日当たりが良く、また連日春らしい晴天が続いていたので、「土いじりに注意」といわれる妊婦*1だが、細心の注意を払ってベランダ作り。花のある家に住むのが夢だったから、光の中で揺れる花を見ているととっても幸せなのだ。

花といえば、立川にある「昭和記念公園」に行った。

チューリップが見頃、とのことだったが、想像した10倍以上素敵!この世の天国か!というような花園が延々と広がっていて、気づいたら10000歩も歩いていた。

実は、この日の目的地はIKEAIKEAも広くて歩くので、歩き過ぎないよう気をつけていたけど、それでも合計17000歩。さすがに翌日ダウンしてしまい(12時間ぐらい寝た)、夫による行動制限が厳しくなってしまった(ちっ)。

ということで、産休の序盤は(まだ身体も軽くて)楽しかった。

ただ考えてみると、5/7〜生産期*2に入る。出産予定日は5/28だが、場合によっては1ヶ月以内に産んでいるかもしれないので、準備もばしっと整えないと…。

*1:確率は低いながら感染症のリスクがある

*2:赤ちゃんが十分に成長し、いつ生まれてもおかしくなくなる時期

母が来た&そして産休へ(妊娠31-32週/8ヶ月-9ヶ月)

妊娠31-32週(3/26-4/8)のふりかえり。

体重は妊娠前+7.8kg(◎) 体調は10点満点中6〜7点。朝はむくみやトイレ、胸の張りなどで早く目が覚め、困るほどではないが、以前ほど熟睡できなくなった。夜は夜で胎動が激しく、これまた安眠の妨げになるが、なければないで不安になるので、ならばいくらでも動いてほしい!

32週は2週間ぶりの検診で、赤ちゃんは2100g台に成長していた。32週の標準は1368g~2243gなので、標準の範疇で大きめ。先生によれば「お母さん(私)が大きいから大きい」とのこと。食べなければ大きくならないとか、大きいから早く産まれる、とかいう世界ではないらしい。

この日は珍しく夫同伴だったので、入院するときのルートなどを確認してみた。当日は独りで来るのか、一緒に来るのか…。陣痛はどれぐらい痛いのか…。ごくり…。

さて、4月最初の週末は実家の母が遊びに来た。赤ちゃんが生まれたら救援に来るので、電車で東京まで来る練習、らしい。

新宿まで迎えに行き、私の好きな「小金井公園」へ。久しぶりの晴れた週末で、桜にもぎりぎり間に合った。来年の花見には、生後9ヶ月の赤ちゃんがいるんだな〜。

母は私の新居周辺を見て、「子育てに良さそうな環境!」と安堵したようす。胎動で波打つお腹を触ってもらうこともできたし、親を安心させることができて良かった。

 

翌週からは産休。仕事をしない期間なんて、何年ぶりになるだろう。

恐らく出産からはてんやわんや。出産までが貴重な時間になるので、計画的且つモチベーション高く過ごしたい。

連日していることといえば、家を整えちゃあベビー用品を揃え、本を読んじゃあ育児計画を立て、というぐらいだけど、モチベーションが上がり過ぎて出歩きまくっているので、夫には心配されている。

 

出産後のことを考えるとときどき不安になるけど、妊娠・出産で身体が辛いのなんて、正味3ヶ月(半年?)ぐらいのこと(つわり・臨月・産褥期のつもり)。後はかわいい子が幸せをいっぱいくれるのだと信じよう。

給付金申請、入院準備など(妊娠30週/8ヶ月)

妊娠30週(3/19-3/25)のふりかえり。

体重は妊娠前+7.4kg(◎) 体調は10点満点中7点。減点したのは眠いから。夜に8時間寝ても、夕方には眠くなってしまう。これが妊娠後期ってやつか。

胎動はますます大きくなり、ぐるりん!と回転するのが分かる。ちょっと前まで胎内で「鯵」を飼っているような感覚だったが、最近は「鯖」にまで成長してきた。先輩ママさんから「最終的には鯉になる」と聞いたが、耐えられるだろうか…。

そんな赤ちゃんは1700g台にまで成長。これは標準の範疇内でやや大きめとのこと*1。エコーで見る横顔は鼻と顎が丸くてかわいい。

そうそう、「異次元の少子化対策」の一環(?)として実施される『出産子育て応援給付金』について、もらい損ねるかもしれないトラブルがあった。

ことの発端は、先週参加したパパママ教室でのこと。

講師の先生が

小平市で妊娠届を出した方には、4月に入ったら申請書を送ります」とアナウンスしたのだ。私は2月に転居したばかり。妊娠届は文京区で出した。

気になったので問い合わせてみると、

小平市「では文京区で申請書をくれるでしょうから、文京区に聞いてみてください。」

とのこと。早速、文京区にTELしてみると、

文京区「文京区では区に妊娠届を提出且つ3/1時点で住民票がある方にのみ送ります。」

私「ん?では、私には送られないということですか?」

文京区「はい、そういうことになります。小平市で最初から申請してください。」

ということで、実際にはもうちょっと腹の立つやり取りがあったのだが、聞けば自治体ごとに運用の差があるらしく、自ら問い合わせなければナシにされるところだった。ちなみに、現在は区のHPにこの辺りの注意書きが追記されている。

気を取り直して、土曜日には初めての「赤ちゃん本舗」へ。出産に必要な物資の買い出しだ。

購入したのは、「産褥ショーツ」、「母乳パッド」などなど、今まで聞いたこともないような品の数々。産褥シーツとは、寝たままで診察を受けられるパンツのことらしいが、裏返せばパンツを脱ぐのもしんどくなるということだし、母乳パッド(授乳の間に母乳が溢れてくるのを押さえるもの)が要るということは、今は何も出ない私の胸から、母乳が出てくるということだ。

同じことは妊娠したときにも感じたけど、自分の身体が、自分の立場が、こんなにも大きく変えられてしまう妊娠!!出産!!!

世のママさん全員が通った道であり、その後はけろっと生きてるんだから通過点といえば通過点なんだろうけど、いや、緊張しますね、やっぱり。

 

ほか今週のできごととしてはWBCが面白かったこととか、春の向学心が湧いていることぐらい。何にせよ、ちゃんと出産して子育てが回るようにしなければ、何も始まりはしない!

*1:30週の標準は1098g~1842g

いざ、パパママ教室へ(妊娠29週/8ヶ月)

妊娠29週(3/11-3/18)のふりかえり。

体重は妊娠前+6.1kg(◎) 体調は10点満点中8点。加点理由は、腸が自慢の快腸に戻ったから。胎動はますます激しくなり、たまに「かかと落とし」のようなものを食らう。

産院では「50gブドウ糖負荷試験」なるものを受けた。「妊娠糖尿病」検査の一種で、「三ツ矢サイダー」を甘くしたようなソーダを飲み、血糖値の上がり具合を見るというもの。幸い結果は問題なし!良かった良かった。

今週は、市が開催する「パパママ教室」に参加してきた。

赤ちゃんが生まれた後の世話、抱っこや着替え、沐浴の仕方などを習うもので、教室内には新生児を模したリアル人形(↓イメージ)がズラリ。顔つきや手足、細かいところまで精巧に作られ、抱っこしたまま帰りたくなった。

幼児人形モデル 人形 リアル 赤ちゃん人形 実物大 モデル 看護訓練/おむつ訓練 赤ちゃん製品 展示用 ズボン交換トレーニング ベビー人形 新生児人形用 沐浴の練習 シミュレーションモデル 子供おもちゃ ケア トレーニング モデル などに まるで 抱き人形 (58CM)

人形は、父母1組に対し1体ずつ与えられる。男の子の家には男の子、女の子の家には女の子だ。

それをまじまじと見ていたら、

私の胎内に、こんな生き物が入っているのか!

と、これまでも想像はしていたものの、その10倍ぐらいの実感が押し寄せてきた。

そうだ、あと2ヶ月もすれば、この家に赤ちゃんがやって来るのだ。

私は母乳だのおむつだのとボロ雑巾になりながらも夢中で、子育てに励むだろう。その子は私のことを、良くも悪くも唯一無二の「ママ」と認識するだろう。あぁ、凄い責任!凄い楽しみ!私の人生に、そんな日が来るとは!

ほか、1週間のできごとで嬉しかったのは、夫の不安定な腸が治ってきたことと、実家の母が赤ちゃんを待ち望んでくれていること。

夫はもともと虚弱に見える人で、私は出会って4ヶ月ぐらいから「この人を健康にしたい!」と、どこから湧くのか分からないモチベーションを感じていたのだが、同居開始して1ヶ月、毎日玄米と味噌汁とぬか漬けを食べさせた結果、早くも成果が出てきたようだ。全てが食べ物じゃないだろうが、笑顔や髪のボリュームも増えてきたような気がする。

実家の母のほうはというと、昨年祖母を亡くすとほぼ同時に私が妊娠。憔悴する暇を奪うような格好になり今に至るが、先日は「赤ちゃんの敷布団を作った!」と、大作を送ってきてくれた。

何気ないメッセージの中に、「赤ちゃんが私にも幸せをくれています」という言葉があり、老後に最大級の喜びを受け取ってもらえたこと、それが私も嬉しかった。

 

そんな中で最近感じるのは、目の前のことに丁寧に向き合っていれば、ヘンなことはそんなに起きないということだ。

私の妊娠期は、最初の1ヶ月(10月)を除けばほぼ安定期だった。43才の妊娠がここまで平和なのも珍しいだろう。

ここまで来れたのは第一に、赤ちゃん自身の運が強いのはあったと思う。この子ができてからというもの、以降出会った全ての岐路で、「◎」のカードが出てきた実感はある。

とはいえ、ただの幸運でも決してなく、私だって努力したし、結婚や転居を含めれば、乗り越えた山は1つや2つではなかった。

何を努力したかといえば、「目の前のことに丁寧に向き合った」。1日1日はそれだけ。特殊なことはしないけど、それでも、人の体というのは突然悪くなったりしないし、もろもろの状況だって誠意を尽くせば解決できる。

残り2ヶ月は分からないけど、とにかく今後も丁寧に、出産にまで漕ぎつけるつもり。

 

最近、平和すぎてボケそうなのだが、この平和は当たり前に訪れたわけではなかった。それを確認できたところで、今週は終わり。