原発が奪うもの、残すもの|祝の島

あの震災から、1ヶ月が経ちました。

忘れられない、忘れてはならない、M9.0という史上最大級の規模に、次々都市を丸呑みした津波の被害。しかし日本社会の課題として重い影を落としているのは、原発。その問題に他ならないでしょう。

原発に、賛成か、反対か。

難しいことは分からない。けれど率直に思うのは、「えらいもん作っちまったな」。それに尽きます。

都会でのうのうと暮らしながら、福島に原発があったことも、地元に犠牲を強いてきたことも、全く知らなかったのです。

祝の島_a0106978_2356695.jpg

映画「祝の島」は、現在進行形の問題を扱うドキュメンタリー映画です。

舞台は山口県上関町。原発建設予定地である田ノ浦の沖合には、祝島という小さな島が浮かんでいます。

祝島の人たちは代々、親からもらった田んぼで米を作り、親からもらった海で魚を釣って、子や孫を育ててきました。

しかし、そこは離島。「過疎の土地だから大丈夫」と、建設予定地に選ばれてから、島の反対派と町の賛成派との闘いは、30年近くにも及ぶのだそう。

過疎地だからって、何が「大丈夫」なのか。

映画の中に出てくるのは、健康な生活を営み、ただただ命を繋ぎたい、そんな島の人たちの小さな小さな暮らしです。

効率を重視する社会の都合に、人数の大小が基準になるのはおかしい。まして、金銭の大小に人が犠牲になるなんて。

 

凄く印象的だったシーンがあります。

親が開墾した土地で、稲作を営むおじいちゃん。自分には子がおらず、田んぼには後継者がいない。けれど、それはそれで良いのだと、彼はいいます。

「田んぼは、自然に還るから。」

原発は、自然に還らない。

私たちは、未来に何を残すのでしょう?


『祝の島(ほうりのしま)』予告編