「無銭優雅」と「し合わせ」のこと

気がつけば、1週間ぶりの投稿。

暗い内容のまま放置してしまったが、私が暗かったわけじゃありません。東京行ったり面接行ったり、篠山の仕事もしながらバタバタしておりました。

 

転職活動については、近いうちに「実録」をまとめるとして、今日は恋愛小説について。

山田詠美の「無銭優雅」を読んだんです。これが良かった。

 

主人公は42才独身の「慈雨(じう)」と、同じく42才の男やもめ「栄」。

この2人が吉祥寺界隈の「マーシュ」というバーで出会い、恋人になってからの日常が描かれているのだが、若い主人公みたいに、ロマンチックなデートをするでもなければ、ドラマチックな別れと再会を果たすでもない。

ただただ吉祥寺界隈で、仲良くお茶目に、互いを甘やかし許し合っているだけなんだけど、そのぬるま湯のような中に幸せがあるって、分かってしまう私はもう40才なのであります。

 

ト書きは慈雨の一人称。非常にリラックスした文体ゆえ、共感するとこ、多し!!

中でも覚えているのは「(男に)社会的に守られたいわけじゃない」ってとこ。だから独身でいられるわけだが、「心」は守られたいんだよね。こんな私でも。

 

思うに、日常なんて何も起きない。というより、何かが起きる日常は、疲れる。

一番幸せなのは、何も起きない日常の、表面からはギリ見えないぐらいのところに、互いに想い合い、労わり合えるような人がいることだと思う。1円の得もないのに、それを互いに確かめ合えることだと思う。

強いだけが人間じゃないし、勝つだけが人生じゃないから。

 

別の本で読んだけど、「幸せ」の語源は「し合わせ」らしい。

許し合える人、想い合える人、労わり合える人、そういう人と歩める先に幸せが待ってるってこと、なのかな。