高野山への道もまた急峻で、本当に人なんか住んでいるのかという感じだったが、山道を転げるように進んだ先に、口を開けて待っていた。
高野山は、空海(弘法大師)が遣唐使船で長安に渡り、密教を学んだ後に開山した、真言宗の聖地らしい。
町に並ぶのは寺ばかり。歩くのは僧侶ばかり。文字通り、天空に浮かぶ、俗世から離れた聖地である。
壇上伽藍は中の彫刻や柱絵が、
金剛峯寺は庭や襖絵が、
そして奥の院は広大な敷地に並ぶ墓の一つひとつが壮観。
その手仕事の凄さたるや、「この世の全ての祈り、集めました」みたいなところで、そこで何を祈るかといったら「無事に東京に戻れますように」だった。
直感だから仕方ないけど、東京の何が素晴らしいのか、どうしてそんなに戻りたいのか、未だ自分でも説明のつかないところである。
いずれにせよ、私に「田舎でゆっくり考える」なんて選択肢はない。引き籠もったって思考停止するだけだ。
であれば、安心して暮らせる環境を選ぶほかない。
さよなら関西、あばよ篠山。