香港映画『十年』に見る「明日は我が身」

都知事選がよほどショックだったらしく、力が出ない7/6の朝です。

現職の得票率が6割って、投票率高くなかったとはいえ、私の視界にはそんな人いなかったけどねー。。。

 

といいたいところですが、そんなことはありませんでした。

先日職場で、こんなことがあったのです。

同僚A:東京の感染者がまた100人超えましたねー。

同僚B:超えたねー。

同僚A:GTT・・・また延期なんてことにならないと良いですねー。

同僚B:本当だねー。(感染者が増えたのは)野党の仕業かって感じだねー。

GTTというのは、『Go To Travelキャンペーン』のこと。

私の職場は旅行会社なので、このキャンペーンを利用して売上を増やそうとしているわけです。野党の批判を受け一度延期になったので、今度は感染者増で延期になることを危惧している、と。

うーん。

「利権」とまではいわないが、末端の社員ですら与党の恩恵を受けている。私もその一人なので、「異端」なのは自分でしょうけど。。。

 

GTTは国のキャンペーンですが、都民だったら五輪でしょう。五輪を推す現職でなければ困る人が、投票せざるを得なかったんでしょう。

経済的な理由から基地や原発を容認するしかない某県民のよう。ジレンマです。

 

 

さて、こんな日本の一歩先を行くのが香港。

「香港国家安全維持法(国家安全法)」が施行され、デモに参加した人が次々逮捕されているそうですが、これを異国のできごとと見るか、「明日は我が身」と見るか。

私は後者なのですが、週末にある映画を見て、実感が強くなりました。


香港映画『十年』予告編

2015年に公開された映画『十年』。Wikipediaによると、

5人の若手映画監督が10年後(=2025年)にディストピアとなった香港を描くオムニバス映画

で、各エピソードのタイトルは、

1.エキストラ
2.冬のセミ
3.方言
4.焼身自殺者
5.地元産の卵

何故、「10年後にディストピアとなった」かというと、正に「国家安全法」を盾に共産党が幅を利かせてくるからなんですが、それによる不自由さっていうのは単に「デモに参加すれば捕まる」だけじゃなく、じ・わ・じ・わと、暮らしのそこかしこに押し寄せてくるもの。足音も立てずに、気づいたときには隣にいる。そんな「感じ」が描かれています。

例えば、エピソード3『方言』では、北京語の普及が進む香港で、広東語しか話せないタクシードライバーが、営業エリアの規制を受け職に困る姿が描かれていたり、

エピソード5『地元産の卵』では、地産地消を推奨する食品業者が共産党の規制対象になり、「取り締まり」という名の嫌がらせを受ける姿が描かれていたり。

要は、暮らしの至るところに違和感が出てくるってこと。慣れ親しんだ社会なのに肩身が狭くなるってこと。空気を読んで合わせられないこともないが、やがて我慢できなくなったとき、エピソード4『焼身自殺者』のようにしか、抗議ができなくなるってこと。

 

違和感は、早いうちに打て。

ってことで、GTTも五輪も、意見は投票で示したつもりだったんだけどねー。。。

 

ちなみにこの映画、

自主制作映画であり、2015年12月17日の封切り時に上映する映画館は1館のみであったが、口コミによって評価が広がり、香港中で上映されるようになった

ということで、

まるで、『ポレポレ東中野』1館から始まり、今や全国で上映されている映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』のようですが、『なぜ君・・・』のヒットからリベラル気運の高まりを感じたのも束の間。香港の「一国二制度」は瀕死だし、東京は現職の圧勝。

 

民主制には時間がかかる。

って言葉を改めて実感いたしました。

権力っていうのは想像以上に、強大で恐ろしいもののようです。