コロナの年の紅葉|小石川後楽園

小石川後楽園で、紅葉狩りをしてきました。

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全体としては色づき始め、真っ赤な木が何本かあるという感じでしたが、さすがは徳川家の跡地。風光明媚には違いなく、交通費0円、入園料300円で見るには贅沢すぎる景色でした。

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園内に入り、することといったら、スマホを片手に綺麗な紅葉を探し回ること。

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風が吹けば枝が揺れ、光が射せば葉が透き通る。

紅葉の素晴らしさは、風や光との共演です。1時間ほど歩き回って、その瞬間、その瞬間に移りかわる表情を切り取ります。

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その間、頭で何かを考えるということはなくなり、美しさを感じる感性だけが、ごろっと前に出てくるよう。

自然の中に身を置くと、私は、そんな感覚に陥るのです。

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今年はコロナの影響で、家に引きこもる時間が長くなりました。その中で感じたのは、家にいると頭ばかり使って、代わりに感性が鈍ってしまうということ。

さまざまな情報に触れては、あーだこーだと考える割に、ちっとも楽しいことがない。楽しい「こと」がないというより、感性が劣化している。そんなことに気づきました。

その点、自然は良い。考えてもしょうがないことに対する、ある種の「諦め」が芽生えてきます。

風が吹けば枝は揺れ、池の水面にはさざ波が立つ。光の当たらないところには、どうしたって当たりません。私が考えようと、考えまいと。

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ちょうど複雑に絡んだ毛糸が、ほどけて1本に戻るような感じがある。

カニズムはよく分からないけど、頭と感性とがチューニングされるのでしょうか。

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自然の中に身を置くこと。

改めて、これは習慣にしていきたい。