柳美里に見る「穏やかな年の取りかた」|人生にはやらなくていいことがある

ラジオを聴いていたら、作家の柳美里氏が出ていました。

翻訳された著作『JR上野駅公園口』が、アメリカで権威ある文学賞を取ったのだそう。

www3.nhk.or.jp

柳美里氏といったら、20代のときに読んで以来。

線が細くて不幸そうで今にも消えそうなイメージしかなかったけど、インタビューを聴いてみたら、意外にも(?)穏やかな年の取りかたをしてそう。

震災後、南相馬に移住したとか、そこで本屋を営んでいるとか、全てが初耳、初耳だったので、「その間」が気になり、本を1冊読んでみました。

 

柳美里:人生にはやらなくていいことがある

目次

はじめに

第1章:後悔とは何か

第2章:お金

第3章:家族

第4章:死

あとがき

在日コリアンとしての出自、育児放棄された幼少期。親の期待を背負って名門校に入るも、精神に異常を来たして中退。劇団員になってからは、師匠である東氏と長く暮らし、作家への転向後には芥川賞も取るが、多くのスキャンダルに泣かされた。そして、東氏ではない男の子供を妊娠、出産。

などなどが、南相馬での暮らしと交錯するように、全4章に散りばめられています。

壮絶な半生。それでもこの人は生きて、再び脚光を浴びている。

何が彼女を生かしたのか。

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あくまで私の感想ですが、答えは「現実に目を向けること」「丁寧に暮らすこと」「自分の役割を見つけること」ではないかと。

震災後、南相馬に通い、移住することになった柳美里氏は、地元の災害FMでの仕事などを通し、南相馬の人たちの暮らしに耳を傾けてきたそう。

南相馬で暮らしていると、仮置場に堆く積まれたフレコンバッグ(汚染土、除染廃棄物を詰めた黒い袋)が目につきます。元々は田畑だった場所です。

ということで、震災から5年経っても(本書が出たのは2016年)、復興はまだまだ続いている。そんな現実の中で、

南相馬の方々は、目の眩むような痛みを潜り抜けて、あるいは痛みの只中にありながら、為すべきことを為して、日々の暮らしを営んでいる、営もうとしているのです。

南相馬で、延べ450人以上の話を聴く中で、柳美里氏には「見えてきたこと」があるそうで、

それは、絶望を抜ける小道は「生活」にある、ということです。

(中略)

とにかく、日常生活を丁寧に繰り返す。繰り返すことでリズムを生み出す。書くこと(仕事)をそのリズムの一部に組み込む。

(中略)

南相馬で丁寧に暮らしている方々は、仕事も驚くほど丁寧です。

たとえば、靴の修理をボンドだけじゃなく、手縫いでもやっているお店には、県外からも壊れた靴が送られてくるそうです。

他にも、母の和風の古い生地をスカートに仕立ててくれた、夫婦で営んでいるテーラー屋さん、時間に遅れるようになったアンティークのネジ式沖時計を全部分解して修理し、狂いが出ないかどうか1ヶ月も様子を見てくれた、夫婦と息子で営んでいる時計屋さん、30代の兄と弟で競うように次々と少量のおかずを店頭に出す総菜屋さん。

大きな成功も大きな失敗もないこの町で、原発事故以前から「福島のチベット」といわれていたほど交通の便が悪い場所で、人々は丁寧に、誇りをもって、日々の暮らしを営んでいるのです。

ところが震災によって、その営みが壊されてしまった。

柳美里氏は、丁寧な暮らしの物語に耳を傾けることで、それを奪われてしまった痛苦を想像することで、作家としてそれを世に出すことで、生き延びたのだろうと感じました。

odaka-fullhouse.jp

そういえば冒頭のラジオで、「作家の役割は声にならない声を聴くこと」ってコメントしてたけど、それはこういう意味だったのかな。

南相馬の人々を背負ったとき、柳美里氏は新しい人生を得たのかもしれません。

現実、暮らし、役割か。。。