ゆかこの部屋

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素晴らしき哉、朝の習慣

ここ最近、朝の習慣が素晴らしい。

ぱっと目覚めて、てきぱき動けて、体が重いこともない。

朝っぱらから、体にも頭にも良いことをして、気分の悪いわけがない。7:00〜9:30までの2時間半で、1日の充実感の半分ぐらいを味わっているような気がする。

4月27日現在、私の朝の習慣は、こんな感じの内容だ。

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もともと、朝が弱い。

楽しみな週末は別にして、3月までの平日は基本、リモートワークが始まる5分前(9:25)まで寝ていた。「起きるべし!」という頭に対して、「寝たい!」体が勝っていた。

が、もちろんそのままで良いはずはない。改めようとしては挫折、改めようとしては挫折を繰り返し、さまざまな実践を重ねた結果、前掲の習慣を続けられるようになったのだ。まだまだ3日目。目をこすりながらではあるけれど。

 

成功のポイント①は、頭ではなく体にアプローチしたことだろう。

昔のドラマでよく、「起きなさい!」では起きない息子に、母親がフライパンを叩き鳴らす、というシーンを見たものだが、あれは恐らく、頭よりも体(耳)から起こしたほうが早い、という意味なのだろう。

私も最近は、目覚ましが鳴ったら、止めたその勢いでSpotyfy(音楽)を流す。「窓を開けて風を入れる」など、ほかの習慣も含め、頭が「もっと寝たい」と考えるより先に、体を覚醒させてしまうのだ。

 

成功のポイント②は、頭ではなく心にアプローチしたこと。

朝の一大イベントは、朝ヨガ〜勉強に至る流れだ。これらが充実感の大半を担い、且つ、翌朝も頑張るモチベーションになっている。

どういうことかというと、「朝からヨガ(勉強)してる自分、素敵!」と自己イメージが高まり、その気分がまた良いのである。要は「豚もおだてりゃ…」を自作自演しているのだ。私も褒めりゃ、早く目覚める。

 

今回の経験から学んだことは、「〇〇すべし!」と頭に指令してもダメなら、心や体に指令しろということ。

最近読んだ本に、似たようなことが書いてあったので引用すると、

私たちが自分を知るというと、就職活動の自己分析のような(中略)左脳的な作業に終止している印象があります。

思考的な分析を全否定しませんが、私たちの中には3つの自分がいることを前提にすると、自己に対する視野が広がります。

1つ目は「思考的自己(頭)」、2つ目は「感情的自己」、3つ目は「身体的自己(腹)」です。

頭と心と腹とのコミュニケーションがある中で、自己分析というのは頭とのコミュニケーションになりがちです。

往々にして、取り扱いが漠然としている感情的自己はスルーされていて、結果、自分がわからなくなります。

書く瞑想――1日15分、紙に書き出すと頭と心が整理される

ということで、自分をちゃんとコントロールしたければ、頭だけでなく、心と体も含めた3者のバランスが大切になるのだ。

 

何か、、、1年半ぐらい実践してきたけど、「習慣化」はマスターできてきたかも。

今はまだ「自分を整える」レベルではあるけど、この技術と充実感を糧に、今後より大きな目標も実現させていけそうな気がする。