東京百景

足元にある小さな幸せをコレクションするブログ

日常の現実に夢や楽しみを与えよう|ブラジルのスーパーマーケット

日常的に通う「スーパー」、皆さん何で選んでいますか?店の規模?品揃え?「近いから」が普通ですかね?

最近ではネットスーパーも便利ですが、私はそこに「夢や楽しみ」を求めたことはありません。

何故なら、毎日通うところは「現実」。夢や楽しみなんて、あるわけないって決めてるからです。

greenz.jp

先日greenzで、原稿を掲載いただきました。欲しい野菜を自分で収穫、なんて楽しそうなスーパーでしょ?「夢や楽しみ」がありますよね。

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実は私、新卒でスーパーに就職&2年半で辞めたんですが、書いてて反省したんです。「モノを安く」売るだけで、「夢や楽しみ」なんて、考えたこともなかったって!

私が入ったスーパーは、「モノが安い」という価値を戦後の日本に普及させた会社。’90年代まで「小売の雄」と呼ばれていました。ところが私が入った頃(’00年代)は、倒産寸前。今はイオンになりました。

「モノが安い」という価値が、「夢や楽しみ」だったのは昔のこと。平成の世には違ったんです。

そこで考えたことは2つ。

  1. 私たちは仕事を通して、「夢や楽しみ」を提供するべき。「日常だから」「現実だから」と、あきらめてはいけないってこと
  2. 「夢や楽しみ」は時代と共に変化する。過去の成功体験にとらわれず、「夢や楽しみ」を感じ続ける感性が必要ってこと

仕事って「日常」じゃないですか。日常って「現実」じゃないですか。だけど買う側は現実より、夢や楽しみを買いたがっています。提供側はそれを、考えるのが仕事なんです。

それに、夢や楽しみを与える仕事は、単純に楽しいよね。あきらめる者、食うべからず。そして楽しむ者に、あきらめることは無縁なのかも。