ゆかこの部屋

小さな幸せを集めて貯めるblog

1才6ヶ月│小さな成長の連続

子が1才半になった。

身長82.1センチ、体重10.9キロ。よく食べ、よく笑い、よく喋り(喃語)、この月齢にしては「しっかりしてる」とよく言われる。

1才2ヶ月で歩きだして以来、0才のときのような劇的な成長(首がすわる、歯がはえる、はいはいするなど)はないものの、日々小さな成長の連続である。

気づいたら靴を脱げるようになっていたり、コップやスプーンを使えるようになっていたり、階段を昇り降りできるようになっていたり…。最近は食後に食器を運んでくれるし、昨夜なんかは、突然でんぐり返しをしたのだった!

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順調な成長ぶり。

とも見えるが、元気な子=45 才の母にとっては重労働でもある。

家にいれば絶えず食べ物を要求。部屋は散らかしまくるし、外に出たら出たで休みもなしに動き回る。帰宅して、さすがに寝るだろうと思いきやピンピン。そっからエンドレスEテレで、「こいつ、バケモンか?」と思うこともしばしば。

あまりにも操縦不能なので、怒り狂った末に「育て方が悪いのか…」など苦悶したこともあったが、相手はただの気まぐれ。しばらくしたら突然成長したり。導き出した結論は、「怒り狂う前に、寝る!」母になった私の成長である。


さて、今月は「保育園の申込」をしたのだった。

私の育休も残り半年を切ったのだ。もう半年、なのか、まだ半年、なのかは分からないが、この…24時間育児漬けの日々からは、良くも悪くも解放されるわけである。

一生の中で、これだけ子どもと過ごす日はもう来ない。幸せだったり怒り狂ったり疲れ切ったりした毎日は、きっと後からふりかえれば、キラキラ輝く毎日なのだろう。

となれば、頑張ろうと思っていたが頑張れてないこと(絵本を読むとか)を、もう少し頑張れれば………良いのだけど。

1才4ヶ月│子育てと利他

食いしん坊、聞かん坊、ときどき裸ん坊。

1才4ヶ月を迎えた、我が子である。身長81センチちょっと、体重10キロぴったりまで育った。

その生態はというと、

食いしん坊…バナナとトマトが大好きで、食べ物を見れば欲しがる。よく食うなぁと思っていたら、2ヶ月で4センチも大きくなってしまった。私(172センチ)と同じく、大女の道を歩むのだなぁ…。

聞かん坊…自我の芽生えなのか、各種要求が凄まじい。

冷蔵庫に貼りついたり(バナナをよこせ)、テレビのリモコンを渡してきたり(「おかあさんといっしょ」か「いないいないばあ」を見せろ)。この頃は自分で食べたがるようにもなり、スプーンで与えようとすると、首を横に「いやいや」。

要求に答えなければ、大声で泣いて実力行使。ほとほと手を焼いているが、「これも成長の証」らしい。

裸ん坊…一番謎なのが、すぐに服を脱ぎたがること。気づけば裸になっていること、ときどき(???)。

育児書を開き、小さい子どもの謎行動は、その「動き」ができるようになったから、繰り返し練習したいだけ、と知ったが、ことほどさように育児とは、「知る」ことの連続である。

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子育てと「利他」

「知る」といえば、育児を通して知ったのは、「自分自身もこうやって、親に育てられたのだ」ということである。

例えばおむつを替えるとき、例えばごはんをあげるとき、繰り返されるのは毎日毎日、同じ行動ばかり。

こんなに拭くか?というぐらい、毎日お尻を拭いているし、毎日ごはんをあげている。一生忘れえぬほどに。

と・こ・ろ・が!

自分も赤ちゃんのとき、親にそういう風にしてもらったってことは、一つも覚えていないのだ。「え、ママ本当に、私のお尻拭いてたの?」っていうぐらい。「拭いてたよ!」とキレられそうだ。

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中島岳志先生の本に、以下のようにあったのを思い出した(意訳)。

「利他」は後からやってくる。

誰かが、利他的な心で自分のためにしてくれたことというのは、そのときはありがたみが分からない。何年も経ったときに初めて、「あのとき、あの人があれをしてくれたから…」というときが来る。

と。

私にとってはまさに育児がこれだ。自分が親になって、来る日も来る日も子どものお尻を拭いて初めて、自分のお尻を拭いてくれた母の想いに共感し、ありがたく感じることができたのだった。

思いがけず利他

今月の一冊

一冊といいながら3冊紹介しますが、いずれも!勉強になりました。

子どもとの関係が変わる自分の親に読んでほしかった本 (日本経済新聞出版)ドイツ流 絶対に怒らない子育て

医師が教える 子どもの食事 50の基本――脳と体に「最高の食べ方」「最悪の食べ方」

これら本を読む前の私は、子どもの行動にイライラし、子どもとの格闘に疲れ果て、ごはんを作るのが面倒になり(これは前からだけど)、そのくせ、当初思い描いていた子育て…栄養価の高いごはんを食べさせたり、褒めて伸ばす教育をしたりといったこと…ができていない自分にモヤモヤしていた。「こんなはずじゃなかったのに!」と。

で、読んで、書いてあることを試していくと、まぁ何というか、子どものことが前よりかわいく感じられるようになってきた…ような気がする。

知識が増え、方法論に迷わなくなったこととで、子どもとの関係性が改善したのだろう。ただの暴れん坊にしか見えていなかったが、実は頑張り屋だったのだ。

もちろん、イライラの全てが消えるわけではないが、子どもの行動の動機が分からない!…については前者の2冊、「毎日のごはん、何食べさせれば良いの?」については、最後の1冊がとーっても良かった。

育児とは、来る日も来る日も勉強だ。

1才2ヶ月│よちよち歩きでネコからヒトへ

歩いて、ネコからヒトになった。

1才2ヶ月を迎えた我が子。7月になるかならないかの頃に歩き始め、今では家でも外でも、トコトコ歩き回るようになった。

歩くことからヒトになるのか。歩き始めたと共に、暮らしの中にもさまざまな進化が。

どんなに教えてもしなかった「いただきます」をするようになったり、見たい本を棚から取り出してきたり、パパが帰れば玄関まで迎えに行ったり…まぁかわいい!

ハイハイではいずり回っていた頃は、引き出しの中など荒らしてはそのまんまだったが、この頃は戻してくれるようになったのも、「ネコからヒトになった」と感じるゆえん。但しぐしゃくしゃだけど。

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今月のできごと

今月はあちこちに出かけたのだった。遠いほうから①名古屋、②湘南、そして③都心(実家のアタミも)。

①まず名古屋では、私の兄に会った。単身赴任の家に母が遊びに行くというので便乗したのだ。

我が子を兄に会わせるのは初めて。互いにどんな顔をするかヤキモキしていたが、我が子は、テレビを見る兄の膝に座ったり、昼寝する兄の顔に座ったり、本当に…誰に似たのか分からない(両親共に人見知り)ほどの愛嬌で、初回からしっかり懐いてくれた。ただ一つ、抱っこだけは泣いた。ふふ。

②湘南へは、5月に出産した友人を訪ねて。5月といえば我が子も5月生まれなので、ちょうど1才差なのだ。

ここでも我が子は、誰に似たのか分からない愛嬌…というよりはどこでもリラックスできてしまう図太さを発揮!

授乳で赤ちゃんのいない隙にそのベッドに寝てしまったり、本棚の本をドサドサ外に出してしまったり、まるで自宅のように寛ぐ寛ぐ。極めつけは、名古屋で兄にもそうしたように、寝ている赤ちゃんの顔に座ってしまった!おいおい、さすがにやめてくれ!!

ちなみに、出産したばかりの友人は1年前の私がそうであったように、日々赤ちゃんに振り回されているようす。私も未だ振り回されているけど、0才と1才じゃ全然違うんだな。「しんどい8割」だった1年前。今は「うるさいけど面白い」やら「鬱陶しいけどかわいい」やらが混ざって混ざって…。そのトンネルの先には、虹色の世界が待ってるよ、と教えてあげたかった。

③都心では、友人の個展を鑑賞。

例に漏れず「猛暑」の日だったので、子連れで行くのは不安だったけど、こんな機会でもなきゃ多摩に引きこもりっぱなしの私。意を決して行ってみたら…意外と行けた!

個展のほうは、自然の草花で染めるテキスタイル。我が子は天井から吊り下げられたその布で「いないいないばあ」などして遊んでいたが、自然に親しんでもらうためにわざわざ多摩に住んでいるんだから、そのうち、その価値の分かる子になって欲しい。

 

以上、今月もよく育ち、よく育てました。

 

1才1ヶ月│子はすくすく、ママはあくせく

我が子が、1才1ヶ月になった。

…の前に、5月で1才になったのだが、感慨を味わう余裕は(予想通り)なく、来る日も来る日も食べさせ、出させ、遊ばせ、寝かせ、の毎日を過ごしている。

感想を一言で表すとしたら、

「ついに」1才か。

がっつり一緒にいたせいだろうか(外には1度も預けなかった)、「あっという間」では決してなかった。

山あり谷あり。充実した日もあれば、ただ忙しいだけの日もあり。長く濃く重いという意味で、「ついに」1才なのだ。

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今月のできごと

今月は3日に渡る生誕祭、「泣き相撲」に出場するなど、イベント目白押しの月だった。

生誕祭

誕生日当日は、ばーばも交えてサムギョプサル会(毎月恒例)。大人たちの苦労をねぎらう。翌日は、和服で一升餅&選び取りをした後、ワンピースに着替えてレストランでパーティー。更に翌日は、パパママ手製のケーキでフィニッシュ。

企画・運営全て私が担当なので、まぁ何というか…忙しかった。

泣き相撲

翌々週は、近くの神社で執り行われる「泣き相撲」に参加。

赤ちゃんは「お相撲さんに抱っこしてもらうと元気に育つ」のだそうで、当日は、化粧まわしと兜を身に着けたミニ力士たちが、現役力士の腕の中で、その「泣き」を競い合った。

我が子は人見知りしないため、「泣かないのでは?」と予想していたが、意外や意外。土俵入り前から泣きに泣き、大人たちを楽しませてくれた。

クマを落とした!

イベントの多い月だったが、最大のニュースはこれである。

肌身離さず抱きかかえ、これなしでは眠れないクマのぬいぐるみ。それを、散歩中に落としてしまったのだ。

 

まずい…。

歩いた道を3日は捜索したか。交番にも届けたが、待てど暮らせど出てこない!

事態に気づいていないのか、夜になるとクマを探し始める我が子。うっすら分かってきてからも、夜中に目覚め、無意識に探しては大泣き!

 

そう、この子にとってクマは、ぬいぐるみ以上の存在なのだ。

思い出すのは、生後1ヶ月になるかならないかの頃。夜中にベビーベッドを覗くと、我が子が目を開け、クマの手を噛み締めていたことがあった。

目が覚めてしまったのだろう。大声で泣きたい。けれど夜中は、大人が寝ているのも分かっている。

赤ちゃんなりの我慢。その傍らにずっといたのが、ほかでもない、このクマだったのだ。

 

事態を重く見た我々は、「2代目」の購入を検討した。しかしこのクマは、25年ぐらい前に海外で買ったもの。そう簡単には見つかるまい…。

と諦めかけたそのとき、何とメルカリにあるではないか!

定価の7倍ぐらいしたけど…。

 

クマを失くして3日後。2代目は「泣き相撲」の日に届いた。我が子は取組で大泣きした後、クマとの再会を果たした。

今月の発達

1才1ヶ月現在のプロフィールは、

身長:77センチ 体重:9.3キロ

好きなモノ:クマ、バナナ、滑り台

歩行はまだ覚束ないが、立ち上がるのは立ち上がり、自分でぱちぱち拍手する。指さしやバイバイも覚え、辺り構わず挨拶する。

昼寝は1回。歯磨きや帽子は、以前ほど嫌がらなくなった。「ママ!」と呼んだかと思いきや、ほとんどがパンの要求である。自我の芽生えも著しく、不満があると叫んで抗議。

 

女の子にしては野性味があるというか、よく食べるしよく動くため、45才マは1日終わるとぐったりしているのだが…、こうして書いてみると、産む前に最低限望んだこと=体が丈夫であることと、自分を大好きであることは、しっかり満たしてくれていることが分かる。

この子がいなければ、できなかっただろう今の暮らし。そのことに感謝して、今日もまた育てよう…。

 

生後11ヶ月│充実と書いて「あわただしい」と読む

あと2日で、子が1才の誕生日を迎える…。

この頃は1日が、1週間が、そして1ヶ月があっという間に過ぎ、正直この投稿も、いつからいつを書けば良いかよく分かっていない…が、記録は記録。生後10〜11ヶ月に当たる、3月17日〜5月16日辺りで書いてみることにする。

子の成長

身長50センチ、体重3キロで生まれた我が子は、身長75センチ、体重9キロに成長した。「1年で身長は1.5倍、体重は3倍になる」と聞くが、その通りの成長だ。歯は4本生え、後続の4本も覗いている。

発達はというと、首すわり、寝返り、はいはいなど、大体早めで来た我が子だったが、1才を前にまだ歩かない。反面、「だっこ!だっこ!」と要求することが増えた気がする。歩くようになってしまったら、抱かれなくなるとでも思っているのだろうか?

ほか、どんな子かと聞かれれば、きっとこう答えるだろう。よく食べ、よく動き、よく喋る。滑り台に置けば「しこ」でも踏むように力強く遡上。図書館のよみきかせ会に行けば、一番前に陣取り、職員さんに絡みまくる。名前を呼べば「は〜い!」と手を挙げ、人と目が合えばにっこり。感情表現も豊かで、早い話が、「全てに対して積極的!」なのだ。

今月の主なできごと(3/17〜5/16)

期間が長いので、大きいところだけざっくりと。

初めての家族旅行

4月11日から、福島のいわきに行ってきた。夫と2年半前に植えた「桜の木」を見るためである。

2年前に行ったときには、すくすく成長していたが…(↓)

tokyo100k.hatenablog.jp

今回、とっても残念なことに、私たちの木は折れていた…。風の谷間っぽいところに植えてしまったせいだろうか…。

ただ、回廊美術館の桜は今年ももちろん素晴らしく、自分の木があろうとなかろうと、訪れるに値するところであったし、何しろ、「子どもの代わり」に育てようとしていた木なのだ。現実の子どもができた今、その子どもを連れて見に行けたんだから、役割を終えて当然だったのかもしれない。

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ちなみに、東京〜いわき間は私がせっせと運転。私ひとりに片道4時間運転させながら、後部座席でぐーぐー眠る夫と娘。何の因果か家族になったんだから、ごちゃごちゃ考えず、ありがたがって幸せになろう!と強く決意した常磐道だった。

誤飲騒動からのぼったくり

5月5日は、近年稀に見る「最悪の1日」。

午前10時半ごろ、寝室に行ったらシーツの隅に血の跡がついていたのだ。「!?」と我が子の手を見ると、その小指の付け根から出血した跡がある。

遡ること20分前、私とその部屋にいた我が子。陶器の皿で遊んでいるのは見ていたが、いつの間にか欠け、いつの間にか傷ついていたらしい。急ぎ破片を探す私。しかし一部しか出てこない…。

私が青ざめていると、ちょうど夫が起きてきて、「今、口の中に白いものが見えた」という。

おいおいやめてくれよ。破片を飲んだというのか!? 取り出そうとしたとき既に遅く、口の中から見えなくなった(らしい)。

 

そこから、地獄のような30分。

陶器の破片を、飲んだかもしれない。

「誤飲」について検索すると、「大体便と一緒に出るが、消化器官を傷つける恐れも」とある。病院に行くべきか? 本人はぴんぴんしているのに?

初めてかける「#8000(子ども医療電話相談)」。ぴんぴんしているなら焦ることはないが、万一のときは受診しろとのこと。しかしその日はGW。開いている病院などほとんどない。

状況から考えれば、大丈夫そうではあったのだ。口だって切れていないし、本人だけは至って元気。しかし、肝心の破片がない。

私は、急変するかもしれない不安と、子どもを見きれなかった不甲斐なさと、貴重な休み(日曜日のみ)が潰れてしまったショックとでメンタル崩壊。外の空気でも吸おうと出かけ、運転してしまったのが運の尽き。

車が、パンクしてしまったのである。

ただでさえ動転している日に、ますます動転するできごと。

ここから先は思い出したくもないが、今流行り(?)の「悪質レッカー業者」に引っかかり、たかだかタイヤ交換に、法外な料金を取られてしまったのだった…。

(車は3-4万の損。誤飲は恐らくしていませんでした)

熱が出た!

動転するといえば、4月18日には我が子が初めて高熱を出した。

午後3時頃、抱っこしたら何かやたら熱い。脇に体温計を挟むと、36℃、37℃ともの凄いスピードで数字が増えていく。急ぎ近くの病院へ行くが、コロナもインフルも陰性。普段は元気すぎる我が子が、何だかよく分からん理由で、水も飲めないほど憔悴してしまった。解熱剤も、最初のうちは効かなかったほどだ。

夫と交代で寝ずに看病…といっても隣で冷やしたりしていただけだが、ハァハァうなされる可哀想な我が子。翌19日は私の誕生日だったが、こんな夜中に何を思えば良いのか。

ひとつ思い当たるとすれば、この週は精力的な週だった。

「春の日は貴重」という理由から(異常気象ですぐ夏になるから)、連日初めての場所へ連れて行き、刺激という刺激を与えまくった。好奇心旺盛で、何でも楽しんでくれる我が子だが、体はやっぱり赤ちゃん。外出はほどほどにしなければ…。

 

ということで、ほかにも帰省を2回したり、久しぶりの友人と会ったり、ちゃんと離乳食作ったり、子ども服編んだり、ヨガ行ったり、もろもろの計画立てたりして、結構忙しかったなぁ…。

ベースの過ごしかたはというと、朝は子を見ながら家のことをして、昼は買い物&公園などの遊び場へ行って、夕からは再び、子を見ながら家のことをする、という繰り返しなのだが、「子を見ながら」が奥深い。なかなか、忙しないというか、疲れるというか、1日を「あっという間に」させてしまう犯人なのである。

 

あと2日で、1才の誕生日を迎える我が子。

この1年を、じっくり味わってみたいけど、子どもに追い回され、時間に追い回される今日この頃。1日を安全に終えることで精一杯の私に、そんなことができる気はしない。

数年が経ちやっと落ち着いた頃に、「なんだかんだで充実してた」と、感じることになるのだろう。

生後10ヶ月│育児が面白くなってきた

はっきり言って、面白い。

生後10ヶ月を迎えた、我が子である。

1月にはいはいとつかまり立ちを覚え、練習に余念のなかった我が子。この頃はコミュニケーションの進化に軸足を移したようで、成長に拍車がかかっているのだ。

例えば、下唇を突き出して「ぶぅ〜」と鳴らしてみたり、首を…ではなく、体ごと直角に傾けてごはんをねだってみたり、そのごはんを食べるとき、まるで獲物を喰う獣のような表情を見せてみたり、もはや「赤ちゃん」というより人間味の塊。漫画みたいに面白く目が離せないではないか。

ほんっとこのタイミングで保育園入れなくて良かった!溢れんばかりの愛情を、惜しみなく注いでいるのが、この頃の私である。

 

育児が面白くなってきた

元来、子どもは苦手だった私。最初のほうは苦行だった。これまでをざっくり振り返ってみると、

新生児期…自分の体の回復と、夜中の授乳がとにかく大変!

生後1〜3ヶ月…慣れない育児と家事の両立がとっても大変!(猛暑だったし)

生後4ヶ月…少しは育児に慣れてきた。

生後5ヶ月…慣れたのも束の間。離乳食が始まる。気分転換は車の運転。

生後7ヶ月…2回食になり心が折れる

生後8ヶ月…はいはいを覚えて目が離せない。サボりも兼ねて毎月帰省。取り分け離乳食を習得。

生後10ヶ月(現在)…子ども服や遊び場開拓を楽しむ。家事は人間らしく暮らせるレベルに。

 

…ということで、闇雲に頑張ってみた初期から、楽しむところは楽しみ、抜くところは抜くようになった現在、って感じか。100点満点とはとても言えない(笑)

けれど、身長50センチ、体重3キロで生まれた我が子を、身長72センチ、体重9キロまで育てたのだから、自分なりには良しとしよう。育児は長距離走なのだ。

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今月の一冊

THE CHILD CODE「遺伝が9割」そして、親にできること わが子の「特性」を見抜いて、伸ばす (三笠書房 電子書籍)

ダニエル・ディック著『「遺伝が9割」 そして、親にできること』。

タイトルの通り、子どもは遺伝が9割だから、親の「こんな子になって欲しい!」を押しつけてもダメだよ、という本。しつけ偏重型、親の責任偏重型社会に、一石を投じる内容だ。

曰く、子どもの気質は生まれながらのもの。一見短所に見えることでも、消したり潰したりすることはできない。だから、長所として伸ばしてやってね、とのこと。

ハイライトは、子どもの性格を形成する三大気質として、外向性、情動性、自制心を挙げているところ。この組み合わせによって性格が分かれるというのだが、例えば情動性が高く「癇癪」を起こす子に対し、こんな風に接しても逆効果だよ、こんな風に教えるのが良いよ、ということが具体的に記されている。ちなみに私は癇癪を起こす子どもだったので、はっきり言って、自分の親に読んでほしかった(笑)

我が子はまだ10ヶ月につき、外向性しか芽生えてきていないのだが、見る限りとても外向的なので、なるべく外に出かけ、多くの人や世界に出会わせるのが良いとのこと。

育児本によくある、著者の経験談を元にした精神論だらけの本と違い、科学的根拠と具体的方策がたっぷりの一冊。また、情動性や自制心が芽生えて来る頃に読み直したい本だった。

生後9ヶ月│動く好奇心の塊

『ドア開けば、キラリと光る我が子の眼』

最近の我が子といったら、この一言に尽きるのではないだろうか。

身長70センチ、体重8.8キロに成長した我が子。7ヶ月ではいはいを始め、8ヶ月でつかまり立ち。見える世界が劇的に広がったようで、目に入るモノというモノ全てに好奇心を抱いているのだ。

ドアが開けばキラリ、引き出しが開けばキラリ、冷蔵庫が開いてもキラリと、常に目を光らせては、ペタペタと(はいはいで)近づいてくる。

親のいない隙にやらかすこともしばしば。ティッシュを箱から引き出す、ゴミ箱を倒して覗く、書類の箱を開けて舐め舐め、など枚挙に暇がなく、文字通り目を離すことができない。。。

ちょうど1年前「アクロバティックな女の子」だった胎児は、すっかりわんぱくな女の子に育った。

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今月のできごと│初めてのひな祭り

そんな我が子だが、3月にはいよいよ「初節句」を迎える。そこで向かったのは伊豆の実家。目的は稲取のつるし雛と河津桜だ。

自宅から実家までは車で3時間ほど。親一人、子一人の運転は少々緊張したが、大泣きされることもなく到着。

翌日には稲取&河津、翌週には函南でも一足早い春を堪能できた。

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ほか3日間はほぼ家にいたが、今回は夫抜きだったせいか、ばーば(私の母)の全力っぷりが凄かった。まるで自分がママかのように、甲斐甲斐しく子守してくれるではないか。私は楽で良かったけど、誇張でも何でもなく、「私はこの子の『姉』だったっけ?」と、勘違いしかかってしまった。

昨年末に祖母(母の母)が亡くなり、取って代わるように現れた我が子。私や夫だけでなく、母までも幸せにしてくれているようだ。

今月の一冊│センス・オブ・ワンダー

さて、こんな私だが、子育てにいちおうの目標がある。その一つは「自然の素晴らしさを分かる子になって欲しい」というものだ。

そこで、大きな公園に連れて行ったり、季節の花に触れさせたりしてきたのだが、正直、それ以上のことはなく、「ただ連れて行って帰ってくるだけ」だった今日この頃。

そんなとき、「子どもの感性を育てたければ、親自身の感性を磨け」

…というようなことを見聞きして、読んでみたのが「センス・オブ・ワンダー」だ。

センス・オブ・ワンダー(新潮文庫)

この本は、アメリカの生物学者レイチェル・カーソンが、甥っ子と一緒に海辺や森を探検した際に感じたこと、そして自然を感じる大切さを、子どもだけでなく大人に対しても伝えた本。

自分の行動にどこか不足を感じていた私には、肝に銘じたい点が多かった。

美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものに触れたときの感激、思いやり、哀れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたび呼び覚まされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります

あ、まさに。自然を通じて我が子に伝えたいのは、まさにこういう感覚だったかもしれない。

大人自身の姿勢としては、

私たちが住んでいる世界の喜び、感激、神秘などを子どもと一緒に再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、そばにいる必要がある

ことを認識しつつ、

もしこれが、今までに一度も見たことがなかったものだとしたら? もし、これを二度と再び見ることができないとしたら?

こういう目で世界を見よと。


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改めて考えてみると、前半で書いた我が子というのは、まさにこういう目で世界を見ているのだろう。大人からすると「何でこんなものに興味?」の連続だが、この好奇心を伸ばしてあげることによって、こんな人生が送れるだろうと結ばれている。

地球の美しさと神秘を感じ取れる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独に苛まれることは決してないでしょう。

生後9ヶ月。好奇心のままに動き回る我が子。それを追い回すのはしんどいときもあるが、元気(わんぱく?)なのはありがたいことでもある。そのガソリンが好奇心だとしたら、大切に大切に育ててあげたい。

生後7-8ヶ月│病気して強くなった!

「噴水のように吐く」というのを初めて見た。

12月30日の早朝。普段通りミルクをあげたら、「ごぼっ!ごぼごぼ…」と、その大半を吐いてしまった我が子。

突然のことに驚き育児書を開くと、噴水のように吐くのは「感染性胃腸炎かも」とのこと。

幸い嘔吐は2回で止まり、発熱もなし。ド年末でもあったので家で療養することに。離乳食を休み、ミルクも50mlから。

その日一日テンションは低かったが、翌日以降、徐々に元気の戻ってきた我が子。生後7ヶ月にして、初めて病気にかかったのであった。

子どもの病気は親が苦しむ

さて、今回のことで苦しんだのは、子どもより寧ろ大人である。翌12月31日。今度は私が嘔吐してしまったのだ。

私は「つわり」でも吐かなった、不調とは縁のない人間。なのに朝から、吐くものがなくなるほど吐いた。

晦日ということで夫がいたので、育児は任せて寝ることに。離乳食のストックを食べては、胃腸薬を口にする。午後には38度の熱が出て、頭はクラクラ、体はフラフラ。

そんな中、隣の部屋から聞こえてくるのは、「うわぁぁぁ!」という夫の悲鳴だ。泥水並みにゆるくなった子どもの下痢。それが漏れ、背中…ひどいときには首のほうまで回り、ベトベトになってしまうのである。

少なくとも1日5回は着替えたか。ありったけの服を着せてもなお足りない。夫には苦労かけたが、とはいえ私にはどうすることもできない。

熱にうなされながら、考えたことはただ一つ。子どもが生まれて以来、丸一日寝たことなんて一日としてなかった。きっと神さまが大晦日に、その機会をくれたのだと…。

病気で本当にパワーアップ

翌1月1日には、(予想通り)夫が不調。予定していた帰省は、その回復を待ち1月6日にすることとなった。

2ヶ月半ぶりに会ったばーば(私の母)は(予想通り)メロメロだったが、そんな中で「魅せて」くれるのが、何を隠そう我が子である。

実家に着いて数時間後に、いきなりハイハイを始めたのだ。それまでできそうでできなかったのに、夫と母の眼前で、堂々と。

その姿からは、こんな声が聞こえてきそうだった。「ママ一人だけに見せたんじゃ勿体ない。せっかくなら、パパもばーばもいるときに披露しよう。」

それにしても、災いは忘れた頃にやって来る。

初ハイハイで盛り上がったのも束の間。翌日にはばーばが胃腸炎になってしまったのである。高齢のため2、3日はゆっくり。片や、我が子は全くゆっくりしてくれない!

覚えたてのハイハイで歩き回り、テーブルの下に潜んでみたり、箱や扉を開けてみたり、猫でも飼ってたかというぐらい、目につくもの全てを、見て触って舐めまくる。

「赤ちゃんは病気するたびに強くなる」と聞くけれど、免疫だけが強くなるのではなく、どうやら全体的にパワーアップするもののようだ。

生後6ヶ月│子のいる日常を整える

11月17日で、子が生後6ヶ月を迎えた。

身長69センチ、体重7.7キロ。頭は6ヶ月にしては最大級の大きさで、編んだ帽子がすぐに合わなくなった。

今月のトピックスは、何といっても離乳食だ。作るのも面倒だが、食べさせるのはもっと面倒。そこら中汚れるし、食べカスのせいで肌荒れまでするとは。

ところが、「あー…もうミルクだけで大きくなってくんねぇかな」などと心折れかけていた頃、6ヶ月の祝いも兼ねて母(以下、ばーば)が上京。早速離乳食を担当してもらうと、

「あ〜ん…はい、じょうずじょうず〜!」

などと声を掛けながら、楽しそうに食べさせているではないか!

子のほうも子のほうで、私への態度とはまるで違う。じたばたせず泣きもせず、気づいたら完食している。

「こ…コツは何なんですか?」

と聞いてみるも、ばーばは「肌が綺麗ですね」といわれて「え、何にもしてないよぉ〜?」と答えるタイプの人かは分からないが、とにかく教えを乞うには不適切なので、その一部始終をじっくり観察してみることにした。

それで分かったのは、私が私のタイミングで離乳食をあげ、酷いときには開いてもいない口にグイグイ突っ込んでいるのに対し、ばーばは子を見て、子のタイミングであげているということ。そうすることで、だんだん息が合ってくるようにも見える。離乳食は二人三脚なのか…。

ばーばが帰った後、なるべく子を見て、息を合わせるようにしてみたら、お、食べる食べる。それも、とっても嬉しそうに!

私がもたもたするせいか、完食にまで至ることは多くないけど、苦手意識は克服して離乳食は進んでいる。

今月のできごと

さて、もう一つ大きかったのは「保育園の申込」である。

少子化なのに保育園が足りない」という現象は、もちろん私の住む自治体でも起きている。1才になると入れにくいので、4月から入れるつもりで、園見学などしていたのだが………、

結論:育休延長することにした

それは、提出書類を全て揃え、市役所に向かっていたときのこと。次の信号を左折で、市役所に到着する。信号が赤になったため、ふと歩道に目をやると、よちよち歩きの子どもと若いお母さんが見えた。

まだ1才ぐらいかな。平日ぶらぶらできるってことは、保育園には入れなかったんだ。私は保育園に入れるから、ああいうことはできないんだな…。

と、突然悲しくなってしまったのだ。

市役所に着き後ろのドアを開けると、チャイルドシートの上でにこにこしている我が子。その何も分かっていない表情が、逆に後ろ髪を引きまくる。私はこんな子を置いて働きになんか行けるだろうか。

頭から湯気が出るほどのもやもやに襲われ、とはいえ、頑張って準備した書類だ。提出するだけはして、1週間ほど再考。結局以下の理由から、育休延長することに決めた。

・最初で最後の子どもだから、預けずそばに置いておきたい

・金銭的にも体力的にも、0才クラスに入れてまで働くメリットがない

・1才でも入れそうな園を見学してみたが、意外と悪くなかった

高齢ママの心身

保育園問題にカタが付き、カレンダーを見ていたら、12月12日は祖母の命日とあった。そうだ、あれから1年だ。

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昨年の今頃は、高齢妊娠したばかりで不安のほうが大きく、NIPT検査を受けその結果を待っていた。

それ次第では産めないかも…。祖母が倒れたのはちょうどそんなタイミングで、その後、息を引き取るのと引き換えに、胎児はどんどん大きくなった。

その胎児だった子は今、私の膝の上で私の作業を妨害している(汗)。今や日常と化したこんな光景だが、あの頃は奇跡とすら思えたことだ。

高齢妊娠は高齢出産を経て、今、高齢育児中の私だが、1年前と比較して思うことは、さまざまな困難を前に不安になることも多かった。けれど、それを放置することも立ち往生することもなく、糧にして具体的努力ができるようになった、ということ。「自分ひとりの人生じゃない」ということの意味かもしれない。

親として成長させてくれた子に感謝すると共に、自分自身も褒めてやりたい。

今月の一冊

先月に引き続き、「ミニマル子育て」について。500ページ以上を読み終わったので、今回はその実践編。

ミニマル子育てーー少ないは多いにまさる 子どもと親が育ち合う

本の内容は、モノやスケジュールの「断捨離」に近いが、それを推奨する理由として、《子どもにあれもこれも与え、詰め込みたくなるのは親自身が「不安」だからだ。親は子の「環境」である。不安な親に育てられたら、子はもっと不安だろう》と指摘しているのが、刺さった。その自覚あったから。

で、実践してみた感想は………良い!

一言でいうと、その日その日のタスクに集中できるため、雑念(不安?)が消えるのだ。

具体的には、モノの断捨離は文字通りとして、スケジュールの断捨離は、何曜日に何をするとかいうことを予め決め、その日以外にはしないようにしてしまうこと。

例えば以前であれば、朝起きてから「今日は何しよう?ごはんはどうしよう?」と考えていた。洗濯とか掃除とか片付けながら、その後のスケジュールを考えていたのだ。そのせいで「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」と、常に心があくせくしていたが、現在は「〇曜日は子ども服を買いに行く。〇曜日はカレーを作る」というように予め決めてあるので、ただそれをすれば良いだけ。

子に対しても、「天気が良いから散歩に連れて行くべきか?行くとすればどこへ?」などいちいち考えるのではなく、予め決め、日中はただ実行する。

そうすると暮らしに余白が生まれる。その余白をどうするか。その答えはこうだ。

「あーかわいい」とか「あー幸せだ」とか、味わうことに充てる、と。体の中が温かいもので満たされる。

生後5ヶ月│離乳食という新たなステージ

10月17日で、子が5ヶ月になった。

体重、身長共に測っていないが、大きくなったのは明らか。片腕で抱えられた子が、今じゃお姫さま抱っこなのだ。

5ヶ月、といえば離乳食を始める時期。始める目安として「大人が食べるものに興味を示す」があるらしいけど、示す示す。毎晩、彼女の寝た後で大人が食べていることに気づいたか、寝ないで同席したがることが増えた。

増えたといえば、奇声や喃語も増え、キャーキャーウーウーよく叫ぶ、よく喋る。

これは「泣く」以外の発声練習らしいけど、気づけば「泣く」よりも「笑う」のほうがうんと増え、割合3:7ぐらいか。今まで「頑張って」育児していたのが、「楽しく」育児できるようになってきた。

もう一つ嬉しかったのは、胎児の頃から読み聞かせ続けた絵本に、ついに反応を示したこと。

私は子どもと遊ぶのが得意ではないため、いざ「育児」を始めるというときに、散歩と絵本ぐらいしか、できそうなことがなかったのだ。それで、いわば長過ぎる1日を埋めるために、意味も通じない絵本を読み聞かせ続けてきたのだった。

毎日毎日読んだ本は、今やお気に入りの玩具TOP5にも匹敵するレベルに。継続は力なり、なのだな。

今月のできごと

今月最大のできごとは、母が車をくれたこと。

買ってくれたわけではなく、自分の乗っていた車を。高齢になったのでそろそろ運転を止めるか考えていたところに、娘(私)が郊外で育児を始めた。それなら…という経緯。

子どもを乗せるとなるとチャイルドシートが要りけど、それも20年来の友人に貰い(ベビーカーなども貰った)、かくして私のカーライフが始まった。

実は私は、車の運転が大好き。子どもがいるのでやたらなことはできないものの、ちょっとした買い物はもちろん、今まで行きたくても行きづらかった大きな公園やショッピングモール、ロードサイドの外食など、行動範囲が劇的に広がり、多摩地域で暮らすのが10倍楽しくなった。

高齢ママの身体

車を貰って良かったことがもう一つ。それは身体が楽になったこと。

車が来る前の日記を見てみると、9月は夫のコロナ騒動もあったし、それでなくても猛暑の中、散歩に買い物に園見学に、徒歩、バス、電車で出かけまくっていたのだ。

食料品なんて買いに行った日にゃ、エレベーターもない古い団地の階段を、荷物と7キロの子ども抱えて上がるという、ランドセル両面背負いじゃないんだから…。あまりに具合が悪いので、更年期のせいにしては「命の母」を飲んでいたが、車を得た今は週に1回飲むかどうか。私にとっては、車をくれた母こそが、本当の命の母なのかも…←?

今月の一冊

そんな今月の1冊は、キム・ジョン・ペイン著『ミニマル子育て』。

ミニマル子育てーー少ないは多いにまさる 子どもと親が育ち合う

シュタイナー教育の先生が書いた本で、サブタイトルは「少ないは多いにまさる」。

500ページ以上を強引に要約すると、子どもには多くのモノを与えすぎるな、多くのコトをさせすぎるな。それでこそ大切なもの/ことに集中できる、というような内容で、子どもを取り巻く環境や暮らしのリズム、スケジュールの整えかた、その効能が書かれている。

私はモノの断捨離はできるものの、スケジュールを詰め込みすぎ(て疲れ果て)る傾向があり、それこそ車なんて貰った日にゃ、暇さえあれば出かけたくなってしまうので、モノだけでなくコトも減らす、という考えは目から鱗であった。

 

子育ては長い。整え整え、継続していきましょう。