ゆかこの部屋

大きな1個の幸せではなく、身近な小さな幸せを100万個ぐらい集めています

2021年春、沖縄で学んだこと

2021年3月、沖縄へ行きました。

といっても遊びではなく、「沖縄戦」を学びにです。

恥ずかしながら、40代になるまで「ひめゆりの塔」の意味するところも知らなかった私。急に休みができたので、行ってみることにしたのでした。

 

旅の始まりは渡嘉敷島

慶良間諸島の東端に位置し、那覇から日帰りでも行けるこの島は、「ケラマブルー」と呼ばれる海がダイバーたちに人気のスポットです。

原付を借りてぐるりと一周。

沖縄の離島らしく、海に山に民家にと長閑な景色ばかり広がるこの島ですが、実は1945年の3月末、いわゆる「沖縄戦」が幕を開けた土地でもあるそうです。

島の南方にある阿波連ビーチは、米軍上陸の地。

この、「優しさ」しか感じないような砂浜から、大勢の兵隊が押し寄せてきた…なんて、誰が想像できるでしょう。

小さな島は、たった1日で攻め落とされてしまいました。

米軍に追われ、行き場を失った住民たち。日本軍の指示で山の中に集められ、「集団自決」へと追い込まれます。その数、300人以上。

原付でも10分は走っただろう坂道を、恐怖に怯え、雨に濡れながら歩いたとき、一体どんな心境だったのでしょう。

詳しくは右下の写真を見ていただきたいですが、亡くなった住民の多くは「米兵の捕虜になると殺される」という日本軍の嘘を信じ込まされていたそうです。

尚、この島で非業の死を遂げたのは日本人だけではありません。

島の中腹に建つ「アリラン慰霊のモニュメント」には、朝鮮半島などから連れてこられた男女が、軍夫や慰安婦として働かされた後、国に戻ることもできぬまま沖縄の土になったことが記されていました。

…あぁ、書いただけでも汗をかいてしまった。

こうして渡嘉敷島の1日は終わり。ふつふつと煮え始めた想いを抱え、私は島を後にしました。

翌日の午前中は、那覇桜坂劇場で、1本のドキュメンタリー映画を見ました。『生きろ 島田叡〜戦中最後の沖縄県知事〜』です。

1945年1月、県知事として沖縄へ赴任することになった島田氏(今と違って選挙ではなく官僚が務めた)。たまたま来た(?)だけなのに、最後まで住民を守ろうとした島田氏。その職業倫理には胸を打たれましたが、もう一方で描かれるのは、住民を盾に保身を図った日本軍…。

死が目前に迫る中、心ある行動が取れる人ばかりではないでしょうが、渡嘉敷島で見たものがオーバーラップして、想いがぐつぐつ煮えたぎってきました。


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午後には車を走らせ、糸満市にある「平和祈念公園」へ。

沖縄戦最大の激戦地であり、終焉地でもあるここには、夥しい数の慰霊碑が建てられています。

中でも「平和の礎」と呼ばれる黒い石碑には、沖縄戦などで犠牲になった24万人以上の名前が、国籍問わず、軍人・民間人も問わず、一人ひとり刻まれています。

数字とは恐ろしいもので、あまり大きくなりすぎると、人間の想像力を超えてしまうもの。ですが、こうして一人ひとりの名前を見ながら、一歩一歩を踏みしめてみると、この地で何が行われたのか、どれだけの人生が犠牲になったのか、一体何の意味があったのか、考えないではいられません。

公園内にある「平和祈念資料館」では、涙が溢れて止まりませんでした。

展示室が、

第1室(沖縄戦への道)

第2室(住民の見た沖縄戦『鉄の暴風』)

第3室(住民の見た沖縄戦地獄の戦場』)

第4室(住民の見た沖縄戦『証言』)

第5室(太平洋の要石(かなめいし))

とある中で、第4室。生き残った人たちが後年語った記録です。

資料館HPより

置かれているのは「証言」。それもかなり短い。ですが、その向こうにさまざまなものが見えてしまった。

予期せず戦場とされたこと、その中での地獄のような暮らし、身近な人たちの不条理な最期…。

この数日、煮込んできた想いが、沸騰したかのように溢れてしまったのでした。

私はコロナ禍をきっかけに各種報道を気にするようになった人です。政府のコロナ対策を見ていて、「日本、大丈夫?」と不安になったのでした。

政治家や官僚は保身ばかりで、本当は住民のことなんて守らないのかもしれない。そんな感覚から勉強を始めてみたら、沖縄が見えてきました。

そして、歩いてみた沖縄。

一言でいうなら、全身で悲しみを感じました。

だからこそ、考えるようになりました。こんなことがあって良いのか。良くない。だったらどうすれば良いのか。

悲しみは、考える糧になる。

歴史と向き合い、学ぶ意味はここにあるのかもしれません。

2022年9月、辺野古反対派の玉城氏が県知事に再任されました。

「日本の国土の1%にも満たない沖縄県に、在日米軍施設の7割が置かれている」といわれますが、新しい基地を作るため、今も辺野古では軟弱地盤の埋め立てが行われています。

ノーを突きつけた沖縄の民意。黙殺するのは日本の政府。

主犯は政府かもしれませんが、容認すれば国民も共犯。「沖縄の基地問題は、沖縄以外の本土の問題」といわれる所以です。

沖縄戦のこと、米軍基地のこと、その間にあった占領下での圧政など。

代わりに苦しんであげることはできないけど、想像ぐらいはしてみたら、「自分には関係ない」とか「考えたって分からない」とかでは、済まされなくなってしまいました。

普天間基地に隣接する佐喜眞美術館(左)と慰霊の日に因んだ階段(右)

佐喜眞美術館から見える普天間基地
辺野古新基地反対の幟(左)占領下時代のリーダー・瀬長亀次郎氏

北部訓練場と隣接するやんばるの森

ギンレイホールを偲んで

神楽坂の『ギンレイホール』に行ってきました。

「11月27日をもって老朽化のため閉館。移転準備に入る」との報を受け、姿を拝みに行ったのです。

ギンレイホールとは、1974年(昭和49年)創業の映画館。ロードショー済みの準新作を中心に、2本立てを1500円ぽっきりで見せてくれる、今や貴重な「名画座」です。

「ギンレイ・シネマクラブ」なる会員システムも凄い。1万円ちょっと払うだけで1年間に何本でも見せてくれるのです。まるで利益なんか度外視で、映画好きのためだけに存在しているかのよう。

そんなギンレイホールが移転。ということは、ここにある、この姿のギンレイホールはなくなってしまう!

第一報を聞いたときの、私の頭の中身でした。

さて、老朽化とはいうものの、実際どれほど古いのか。

映画館以外の部分を見せてもらってみると、さすがに築63年。昭和の匂いが立ち込めています。(私の家も古いので、そんなに違和感ないですが。)

入居者はほぼ退去済のようです。映画館だけが最後まで粘っていたのでしょうか。字幕っぽいフォントがまた泣ける…。

ロビーに入ってみると、狭めの廊下、急な階段、昔から同じデザインの「ギンレイ通信」など、全てが懐かしく、全てが惜しい。

そして劇場内へ。

ずらっと並ぶ赤い椅子を見ると、「ギンレイに来た!」感じがしたものです。「老朽化」したところを見つけるとすれば、壁は確かに、もう少し白かったかもしれない。

そんなギンレイホールとの出会いは、20年ほど前のことでした。

当時、近くの大学に通っていた私は、まっすぐ帰りたくないときや、彼氏が忙しくて会ってくれないとき、見たい作品があればもちろん、ないときでさえ足を運んでいました。

ここでは世界中の映画が上映されています。有名な作品もあればそうでない作品もありますが、その編成には「ほぼ間違いがない」。

私は「ギンレイ・シネマクラブ」の会員でもありましたから、学校帰りに立ち寄っては、2本立てを見る。そして感動して帰る。

入るときにはもやっとしていた心が、出るときにはすっきりしている。東京広しといえども、そんなところはなかなかありません。

そういう記憶があるせいでしょうか。今でも足を踏み入れると、20年前の私に戻れるような気がするのです。(成長してないだけ?)

東京に住んでいると「あれっ?ここ何があったんだっけ?」ということがよくあります。

ある日、建物が壊される。しょっちゅう見ていたはずなのに、そこに何があったのか思い出すことさえできない。

ギンレイホールはなくなるわけではありません。が、この姿ではなくなってしまうし、きっとその記憶だって、朧げになってしまうでしょう。

ですが、ここに通っていた頃のこと、ここで見た映画のことまで消えてなくなるわけではありません。きちんと覚えておく工夫さえできれば。

ちょうどこの日見た「カモン カモン」とも符合するようで、涙が溢れてきたのでした。

2022年8月のふりかえり

猛暑の夏が終わりました。

この時期は、スピッツの「夏が終わる」を聞きまくる私ですが、あの涼しさと共に来る切なさみたいなものは、何才まで感じることができるんでしょう。

「温暖化で四季がなくなる」ともいわれる昨今。季節の区切りというものを大切に感じていきたいものです。


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8月のふりかえり

8月のノートをふりかえってみると、「時間がない」ばかり書いてありました。10日もの夏休みがあったのに、何で?って感じですが、どうやら「したいこと」が多すぎたらしい。

仕事と家事で1日終わるというのに「✕✕を学びたい」「△△を始めたい」と「したいことだらけ」なのです。前へ泳いでいるつもりが、右へくねくね左へくねくね。9月は少し整理しなければ。

整理のポイントにしたいのは、「感情」です。

したいことが多いのは前向きで良いこと。だけど忙しくなればなるほど、何か感じたり味わったりすることが疎かになってしまう。

岐阜の投稿にしてもそうです。「何をしたか」は書いたけど、「何を感じたか」は書ききれなかった。感情が劣化しているのか、表現力が乏しいのか。その両方かもしれないけど。。。

感情が劣化すると何が困るって、ここ最近、いやここ数年、「社会的地位は高いかもしれないが、オマエ人間としてどうかしてるぞ」って人、多いじゃないですか。優しさとか情とか良心とか、一体どこに置いてきたの?っていう。私は、そっち側になりたくない。

ただ、油断すれば簡単になれそうな気もする。心って、ある日突然なくなるのではなく、忙しい、忙しいと疎かにするうち、痩せるように消えてなくなっていくような気がするのです。

痩せた体に栄養と運動が必要であるように、痩せた心にも栄養と運動を。

ということで9月からは、芸術に接して情緒を養ったり、娯楽を通して感情を動かしたりしながら、心をしなやかに鍛えるつもり。そして心が満たされることを、暮らしのど真ん中に置けるようにしたい。

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8月の目標と結果(定性)

①心身:安定→安定はしているが更年期の足音が聞こえてきた△
②人間関係:安定→結婚問題に大きな進展があった◎
③遊び:岐阜に行くので綺麗な写真を撮る→◎
④副業:注力→したいことが固まってきた◎
⑤ほか:1年前に行った沖縄と東北の投稿をする(記憶の風化…)→✕
定量:今「4」になっている目標は全て「6」にする→✕

9月の目標

①心身:安定
②結婚:新居のイメージを考える
③勉強:資産形成の本と文章術の本と中学校の歴史教科書を読む
④副業:商品を世に出す
⑤遊び:芸術、映画の時間を増やす
⑥ほか:1年前に行った沖縄と東北の投稿をする(記憶の風化…)
定量:ヨガ12+24、本、映画、blogは各4

8月の目標と結果(定量

ヨガ(スタジオ):12回/12回◎
ヨガ(オンライン):21回/24回✕

本:5冊/6冊✕

一番稼げる!ココナラ副業の教科書 在宅で最短で月10万円を稼ぐ新しい方法Hygge(ヒュッゲ) 北欧生まれの「世界一幸せなライフスタイル」実践法アルジャーノンに花束を〔新版〕人生計画の立て方HYGGEな子どもたち 自分を大切にする北欧の小さな幸せ習慣

映画・ドラマ:4本/6本✕ 


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岐阜の夏休み -高山-

旅の最後は「飛騨の小京都」こと高山へ。

高山=さるぼぼのイメージしかなかったけど、実際歩いてみると、古き良き町並み、活気ある朝市、そして素朴な工芸品などとっても楽しい町だった。

町歩きは「古い町並み」地区から。

立ち並ぶ町家は、酒蔵、茶店、小間物屋などなど。気分はまるでタイムスリップ。

高山の町は工芸品も楽しい。

主産業である木材を始め、土、布、和紙などから作る素朴な品々が並ぶ中、私が購入したのは、木版染のぬいぐるみ。写真じゃよく分かりませんが、動物の胴体がカラフルな花柄なのです♡

買い物といえば、朝市も楽しかった。

市内でほぼ毎日開かれている朝市。

ぶらぶら土産物を比較するも良し、露店で買い食いするも良し。スーパーでは売っていないような、珍しいモノにも出会えた。

高山歩きの最後は、国指定史跡でもある「高山陣屋」へ(やっと)。

木材など資源が豊富なことから、江戸期には幕府直轄地(天領)だったこの地域。そこに置かれた代官屋敷のことを陣屋と呼ぶらしい。

中を見学してみると、さすが唯一現存する陣屋だけある。まるで時代劇のセットみたいだけど、いやいや、こっちが本物だ。

中でも迫力あったのは、年貢米と拷問道具。

レプリカだけでなく古文書なども大量に保存されている。

万一、史料に興味がなくても大丈夫。

すみずみまで管理された建物は、見るだけでも楽しかった。

…というような感じで、高山の1日と共に、岐阜の3日間は終わった。

南は郡上から北は白川郷まで、3日間とは思えないほど歩き回ったが、見たいものは全部見れたし、買いたいものは全部買えたし、会いたい人にも会うことができた。

個人的に感慨深かったのは、1日2000円で借りた格安レンタカーが古くて、車体はぼろぼろ。シートは破れているわ、窓は今どき手動だわ(ぐるぐる回すやつ)、冷房入れたらエンジン重くなるわで散々だったけど、どこか憎めない気がしたのでよく見たら、30年以上前に母が14万で買ってきた中古車(三菱・ミニカ)と同じ車だったこと。

岐阜では「古い町並み」三昧だったのでタイムスリップ感があったことは上にも書いたが、まさか車まで懐かしいとは。自分自身がタイムスリップするような感覚に陥りながら車を走らせたが、しかし隣で居眠りしている人は、これから一緒に生きようかという人でもある。一台の車によって、過去ー現在ー未来が一本に繋がるような感じが、あったりなかったりしたのだった。

帰りの新幹線で声を揃えたのは「したかったこと、全部したね(疲)。」

この3日間がそうであったように、したいことの全部できる未来が、待っていたら良いなぁ。

★高山で食べたもの★

岐阜の夏休み -白川郷-

2日目は、ちょっとしたハプニングから始まった。移住したA子ちゃんと会う予定が、直前にTELがあったのだ。

A子:あっ…!す、すみません!今日なんですが………もしかしたら行けないかもしれません………!

ん?どう考えても慌てふためいている。

私:どどど、どうしたの?

A子:じじ、実は………出かけた矢先に車がパンクしてしまいまして、今、修理の人に来てもらってるんですが………。

そ、そうなのか…。

A子ちゃんの住まいは八幡の市街地から車で15〜20分ぐらいの山奥。車がパンクしたとなると、とても歩いて来れる距離ではない。

私:だ、大丈夫?だったら私が車で行こうか?

A子:くっ…車?そうか、レンタカーなんですね…!えーとえーと………あーっ!バスが来たので乗ってみます!(バタバタバタバタ)

私:???

よく分からない状況だったが、とにかく来るっぽい雰囲気だ。また連絡するというので大人しく待つこと2、30分。

A子:ゆ、ゆかこさーん!!!

とっても見たことのある人が、こっちを見ているではないか。本当に来たぁ!!!

ということで、3年ぶりの再会となる今回。近くの喫茶店に入り1時間ほど喋ったか。3年前から今までのこと、コロナのこと、東京にいた頃のことなどなど。

よりによって今朝、車がパンクするとは驚きだったが、更に驚いたのは、田舎の1日にたった3便しかないバスが、よりによって通りかかったこと。A子ちゃんは停留所でも何でもないところでバスを停め、それに乗ってきたらしい。

よりによってをよりによってで克服する辺り、強烈な運を感じるが、ともあれ、久しぶりに会ったのに「あの頃」のように、肩肘張らず喋れる人がいるのはありがたいことだった。A子ちゃんに幸あれ!

 

A子ちゃんと別れ、この日の目的地である「白川郷」へ。

距離にすると80キロちょっと。東京から小田原ぐらいあるので、格安レンタカー(恐らく40年近く前の車種で、窓をぐるぐる回して開けるタイプ)の具合はやや不安だったが、慎重に走ること1時間半。到着したのはまさに「日本の原風景」だった。

ユネスコ世界遺産として、人気を博す白川郷

合掌造りの集落を歩くと、(頭の中で)流れてきたのは、「日本昔ばなし」ではなく「菊次郎の夏」のほうだった。

TVなどで有名なあの景色は、車で10分ほど行ったところにある「城山展望台」から。

また、この集落を全国区にした地元の名士・和田さんの家は「和田家」として有料公開されている。

外から見ても大きいが、中に入るととにかく広い!

雪深い地域で、今みたいに便利な道具もない中で、昔の人がどう賢く暮らしてきたかがよく分かる。

私は田舎が好きだ。

が、本気で暮らす根性はなく、3年前に失敗した。

田舎にいれば違うと感じ、都心にいても違うと感じる。自分にとって「居心地が良い」とはどういうことか。しばらく考えていたのだが、岐阜で少し分かってきた。

例えば、暮らしの道具を自然素材にしてみるとか。

例えば、家電頼りの暮らしを見直してみるとか。

私が感じる自然の良さは、「このぐらいで充分」というラインを自然自身が決めてくれることだ。多少の不便はあるにせよ、人間の欲が野放図に大きくならなくて済む。

「もっともっと」と欲しがるより、自然が与えくれる範囲で楽しむ。そのほうが幸せだし、環境にも人にも優しいような気がする。

岐阜の夏休み -郡上八幡-

夏休みで岐阜に行ってきた。

目的地は郡上八幡。「郡上おどり」を見てみたい連れの意向により、移住したA子ちゃんに会いたい私の意向により。

天候に恵まれた初日。緊張のせいか5時前に目が覚めてしまい、7時前に東京を出て、10時過ぎには八幡城に着いた(この間一睡もせず)。

民俗学者宮本常一曰く、旅の初めは「まず高いところから」。教えに従い天守閣から見ると、山の谷間にびっしりと素朴な町の暮らしが見えた。

郡上八幡は水の町だ。

中央を流れる「吉田川」は、そこそこ大きい川なのに川底まで透明。橋の上からでも魚影がはっきり見える。

川原には人が集まり、老いも若きも男も女も、すいすい吸い寄せられるように水の中へ入っていく。私もついつい裸足になって、しばし水と一体になった。

町の至るところに見られるのが、湧水の流れる水路と「水舟」と呼ばれる装置だ。

水舟とは二段または三段からなる水槽のことで、一段目の水は食材、二段目の水は食器を洗うためのもの。塵を含んだ水は最後、池の魚の餌になるそうだ。

この、単純でありながら合理的な循環!

水が自慢の地域ではよく見られるエコシステムだが、昔の人って本当に、賢いというか優しいというか………。

 

散策は「古い町並み」地区を中心にぐるぐる。

町そのものは大きくなく、「これ!」という見どころも少ないけれど、立ち並ぶ古民家やそこで営まれてきた暮らしの息吹みたいなものが、優しく染み入るようだった。

この時期、民家の軒先に目立つのが「郡上おどり」の提灯だ。夕刻を過ぎると火が灯り、今夜の踊りの始まりを告げる………!

郡上おどりは、江戸期から伝わる盆踊り。何が凄いって会期の長さ(7月中旬〜9月上旬)と、「徹夜踊り」なるものがあることだろう。盆の4日間(8/13〜16)は夜明けまで踊る…って、聞いたときは耳を疑った。

この日の会場は、八幡城の中腹にある「積翠園」というホテル。

坂の下からどこからともなく、ぞろぞろ人が集まってくる。日中どこにいた?って、聞きたくなるような人数だ。

定刻20時、中央の櫓から律儀に開始が「宣言」されると、そのままぞろぞろ踊り始める。玄人っぽい人もいれば見よう見まねの人も、ぞろぞろ、ぞろぞろ。

正直もっとカオスっぽいものを想像していたが、コロナ禍だからか、それとも時間が早いからか、意外と静か。それでいて夢中になれるのは、音と踊りのグルーブ感だろうか。長く受け継がれてきた伝統の、分厚い力を感じた。

念願の郡上おどりを体感して、21時頃には離脱。

宿の近くで初日の祝杯をあげたが、朝の5時起き&炎天下の歩き回り&浴衣で坂道まで歩いたダメージが祟り、部屋に帰って5分で朝まで気絶(熟睡)してしまった。

 

★郡上で食べたもの★

2022年7月のふりかえり

「夏本番」って、何月のことを指すんだろう。

子供の頃の感覚だと、7月はほとんど梅雨だった。明ければ夏と夏休みが来て、本番と呼べるのは8月前半だった気がする。ところが、令和の夏はどうだ。今から本番だとしたら、熱中症どころでは済まないかもしれない。

最近、こういう「あの頃」の感覚を、書き残す大切さを感じている。

7月は、安倍氏暗殺からの統一教会一色だった。

ことの次代はさておき、私が「あの頃」を知る世代なのに対し、30代以下は知らない人が多いらしい(そりゃそうか)。

昔は「戦争を体験した」大人というのがあちこちにいたものだが、世代交代と共に、時代の記憶は風化していく。自分もそっち側になったこと、伝えていくことの意味を感じた。

7月の主なできごと

不安な世相に対し、プライベートは7月も平和。

①心身:安定(生理の前後以外)。
②人間関係:安定。
③遊び:奥多摩に行った。
④副業:傾聴練習中。

問題なく推移しているが、何が土台かと考えてみれば、丁寧に暮らすこと、これに尽きる。

といっても、雑誌に載るようなアレではない。私が考えるそれは、身の丈に合った暮らしを通して、健康な心身を作ることだ。そして、それを自分自身が担っているのだと自覚すること。できたことは褒め、できなかったことは慰めること。

自分に優しくしていたら、周りの人にも優しくなれる。体の表面だけでなく、内面(心)まで整えることが大切。

8月の目標

①心身:安定
②人間関係:安定
③遊び:岐阜に行くので綺麗な写真を撮る
④副業:注力
⑤ほか:1年前に行った沖縄と東北の投稿をする(記憶の風化…)
定量:今「4」になっている目標は全て「6」にする

コロナ禍の2年半は、自分の暮らしを立て直したり、自分の暮らす社会を見つめ直したりする期間だった。8月を迎えた今は、副業…というかライフワーク的なものに目が向いている。時代の記憶を書き残すことも含め、今の社会に本当に必要なものを提供できる人材になりたい。

 

以下は定量ふりかえり。

ヨガ:スタジオ14回+オンライン16回/15H◎

本4冊/4冊◎

言葉を失ったあとで (単行本)近代日本の心情の歴史 (定本 見田宗介著作集 第4巻)やさしいままで うまくいくもう内向型は組織で働かなくてもいい 「考えすぎるあなた」を直さず活かす5ステップ

映画:5本/4本◎


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blog投稿:10本/4本(◎)

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「梨泰院ロス」の人に勧めたい韓流ドラマは?

友人が「梨泰院ロス」になってしまった。

家に来るたびに少しずつ見て、昨夜ついにコンプリート(全16話)。「続きはないの?」「スピンオフは?」などと朝からうるさいので、「韓ドラ沼」に引きずり込んだ責任を取って、次に見るべき作品を教えなければならない。

ちなみに「梨泰院」とは、Netflixで配信されている『梨泰院クラス』のことだ。元は2年前の作品だが、緊急事態宣言下に『愛の不時着』で沼に入った人が、「次に見る作品」として人気を博した。最近『六本木クラス』としてリメイクされたことを機に、再びNetflixランキング上位に入っている。


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さて、新しい作品を教えるに当たって考えなければならないのは、梨泰院クラスの「どこが素晴らしいか」である。

梨泰院クラスのストーリーは、中卒で前科者の主人公が、彼をそんな境遇に陥れた男(=外食チェーンNo.1の経営者)に復讐を挑むというもの。復讐というと暴力的な臭いがするものだが、ポイントは「経営で」復讐するということ。金と力でねじ伏せようとする男に対し、あくまで正々堂々と、信念とチームワークで戦おうとする主人公が実に格好良いのである。

 

定量で比較するために、要素分けしてみよう。

・主人公が成長する★★★
・仲間を大切にする★★★
・巨悪を倒す★★★
・暴力要素が少ない★★★(少しはある)
・ラブ要素が少ない★★★(少しはある)
・内容が分かり易い★★★

梨泰院クラスを満点(18点)として有名な作品と比較してみると、

『愛の不時着』(12点)

・主人公が成長する★★
・仲間を大切にする★★
・巨悪を倒す★★★
・暴力要素が少ない★★(ややある)
・ラブ要素が少ない★(多い)
・内容が分かり易い★★(北朝鮮の政治が難しい)

イカゲーム』(11点)

・主人公が成長する★
・仲間を大切にする★★
・巨悪を倒す★★
・暴力要素が少ない★(ありまくる)
・ラブ要素が少ない★★★
・内容が分かり易い★★(闇が深い)

うーん、ちょっとイマイチである。採点が恣意的な感もあるがw

ではでは、勧めたいと思っていた作品ではどうだろう。

『ミセン』(18点)

・主人公が成長する★★★
・仲間を大切にする★★★
・巨悪を倒す★★★
・暴力要素が少ない★★★
・ラブ要素が少ない★★★(ありそうでない)
・内容が分かり易い★★★(サラリーマンもの)


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『ブラック・ドッグ』(17点)

・主人公が成長する★★★
・仲間を大切にする★★★
・巨悪を倒す★★
・暴力要素が少ない★★★(ない)
・ラブ要素が少ない★★★(ありそうでない)
・内容が分かり易い★★★(教員もの)


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『浪漫ドクター キム・サブ』(16点)

・主人公が成長する★★
・仲間を大切にする★★★
・巨悪を倒す★★★
・暴力要素が少ない★★★
・ラブ要素が少ない★★★(少しはある)
・内容が分かり易い★★(医療が難しい)

『マイ・ディア・ミスター』(15点)

・主人公が成長する★★
・仲間を大切にする★★★
・巨悪を倒す★★
・暴力要素が少ない★★
・ラブ要素が少ない★★★(少しはある)
・内容が分かり易い★★★

ロースクール』(15点)

・主人公が成長する★★★
・仲間を大切にする★★★
・巨悪を倒す★★★
・暴力要素が少ない★(多い)
・ラブ要素が少ない★★★
・内容が分かり易い★★(法律が難しい)

『刑務所のルールブック』(15点)

・主人公が成長する★★★
・仲間を大切にする★★★
・巨悪を倒す★★
・暴力要素が少ない★★
・ラブ要素が少ない★★
・内容が分かり易い★★★

『賢い医師生活』(14点)

・主人公が成長する★★
・仲間を大切にする★★★
・巨悪を倒す★★
・暴力要素が少ない★★★
・ラブ要素が少ない★★
・内容が分かり易い★★(医療が難しい)

『秘密の森』(14点)

・主人公が成長する★★
・仲間を大切にする★★★
・巨悪を倒す★★★
・暴力要素が少ない★
・ラブ要素が少ない★★★
・内容が分かり易い★★(法律が難しい)

『ヴィンチェンツォ』(14点)

・主人公が成長する★★
・仲間を大切にする★★★
・巨悪を倒す★★★
・暴力要素が少ない★(多い)
・ラブ要素が少ない★★★(少しはある)
・内容が分かり易い★★(設定が複雑)

くぅー!やっぱり『ミセン』か!ミセンだよな!!

と、自分でも予想通りの結果になった。

ちなみにミセンとは、プロ棋士を目指していたが挫折した主人公(高卒)が、ある商社に入社して成長していくストーリー。本来はエリート大卒でないと入れないので、周りからは「コネ入社」と白い目で見られながらも、囲碁で鍛えた才覚を武器に仲間を増やし、大きなことを成し遂げていく、というもの。主人公だけでなく、上司や同期なども魅力的な人物が多く、コンプリートしたときは、それこそ「ロス」になった。

ということで、今後の視聴計画。

まずはミセンを見せ、ほぼ同じようなストーリーの『ブラック・ドッグ』に行って、その主人公が出てる『キム・サブ』に行くか(ルート1)、ミセンの先輩が出てる『賢い医師生活』に行って、同じ制作チーム作の『刑務所のルールブック』に行くか(ルート2)…かな!!

生理のときは頑張らない

生理の前後は具合が良くない。

幸い体は、半日眠いとか痛いとかいう程度だが、心のほうはしっかり沈む。何かに取り組もうという気分ではもちろんなく、自分の人生には何の意味もないような気さえしてくる。もちろんそんなことはないので、要は「合理的思考」が全くできない。

そんなときは「寝るに限る」が、今夜は全く眠くならない。昨夜12時間寝たからだ。ここは前向きに捉えて、もやもやしているときにしか考えないようなことを書き残しておきたい。

乱筆乱文失礼します。

 

さて、生理が来るということは、今月も妊娠しなかったということだ。世の妊活中の方はこういう落胆を何度もされているのだろうが、私の場合はここ半年でやっと、その辺のことを実感できるようになった。

私は現在43才。普通に考えたら小学生か中学生の親ぐらいでもおかしくないのだが、つい半年ぐらい前まで、そういうことに興味がなかった。自分がそういう、妊娠したり出産したりする性であるという、自覚そのものがなかったのだ。

育った家は母子家庭。母はその辺の父親より頼もしく、兄は私を弟のように育てた。という、そもそも「女」という自覚の育ちにくい環境であったことに加えて、自己承認の欠如が激しく(父親譲り)、30代までの人生はほぼ、その埋め合わせに費やしたといって過言ではない。

要は、自分のことで精一杯。妊娠、出産どころではなかったのだ。傍から見れば私は、どこか明後日の方向を進んでいる人に見えただろう。

そんな私ではあったが、半年ほど前から急に、子供という生き物が可愛く見えるようになってきた。無類の子供好きである今の彼の影響だ。その辺の子供を見てはメロメロになっているので、年齢が年齢だが、産めたら良いなと素直に思った。彼もだんだんその気になってきたようだった。

が!

実際問題、43才の壁は厚い。自然妊娠の確率は数パーセント。「万が一」とはいわないが「百が一」ぐらいの可能性ではある。とはいえ治療までするほどの気合もないので、結局はその程度のモチベーションなんだろうが、もやもやするものはもやもやするのだ。「今月できなければできないだろう」とベンチマークしていたこともあり、今月の生理には決定的な感があった。

それに加えて今月は、兄の娘であり私の姪、母にとっては唯一の孫の誕生日があるのだ。既に離婚しているので何才かもイマイチ分からないけれど、私たちは兄妹して母に、孫といえる孫を残せなかった。

はー。

私は自分の人生に「後悔」することこそない。全てはなるべくしてこうなったと納得している。が、「孫を残す」ことの意味も分からなかった私って、一体何考えて生きてきたんだろ???「罪悪感」だけが山ほど残っている。

夏の奥多摩散歩

3連休の最後に奥多摩へ行った。「海の日」という祝日だけど、私は海より川派なのだ。

都心の家を8時に出て、10時過ぎには奥多摩に着く。2時間というのは近くも遠くもない、ショートトリップには丁度いい距離のような気がする。

この日のコースは鳩ノ巣〜白丸〜奥多摩。車じゃないし水着もないので、ひたすら歩く1日だった。

鳩ノ巣

午前10時過ぎ、降り立てばそこは奥多摩

歩いて「鳩ノ巣渓谷」へ。気温は高かったけど、空気がまるで違っていた。

心地よすぎる「水神の滝」。

散策の後はカフェ「木古里」へ。親切な地元のおじいさんが、奥多摩レクチャーをしてくれた。

白丸

レクチャーに従い「白丸湖」へ。カヤック楽しそう!!!

30分ほど歩き、昼食は「アースガーデン」で、人気の「奥多摩ハンバーグ」。

長閑な雰囲気を味わった後、再び青梅線へ。

奥多摩

終着の奥多摩駅は、山小屋みたいな外観。

缶ビールを買い、「氷川渓谷」まで歩く。

奥多摩クラフトビール「VERTERE」(と川に足を踏み入れる私)。

このまま川に、1時間ぐらいいただろうか。

川の流れを見ているだけで、不安まで流れていくようだった。「今日はこのままで大丈夫」と。

「探索」を楽しむ1日は、「検索」を忘れる1日でもあったのか。