2020年ふりかえり(やっと)

2021年も10日目となりましたが、「抱負」の前に、まだふりかえりもできていませんでした。

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晦日は高尾山へ

2020年といえば、1にコロナ、2にコロナ、3、4がなくて5にコロナ(現在進行中)という感じでしたが、私自身は、

1月:再び東京都民になる

4月:政治の勉強を始める

7月:ヨガを始める

10月:習慣の分析を始める

という1年でした。

 

そもそもの目標は、「こつこつ、ゆっくり」。

2019年は「焦り」で行動して、顔から転んだような1年だったので、2020年はとにかく、自分にとって重要なモノ、コトを吟味しながら暮らそうと決めていたのです。

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1月ごろの投稿を見ると、カーテンを買ったりベッドを買ったり、逆に電子レンジは買わなかったり、自分の周りに置く「モノ」を吟味していたことが分かります。 

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3月になると、コロナ禍が本格化。

『アベノマスク』などをきっかけに、日本の為政者に危機感を覚えた人は少なくないでしょうが、私もそんな1人。「不安に流されたくない」一心で、情報を吟味したり、映画や本から政治を学んだりしていました。

その結果、「(コロナ禍で明らかになった)悲惨な現実にも目を向ける」姿勢が身についたので、今考えれば、社会人として大切にしたい「コト」を吟味していたのかもしれません。 

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《2020年の情報源》

JAM THE WORLD
Session
Choose Life Project
ポリタスTV
ほうぼくチャンネル など

 

7月からはホットヨガを開始。

1日中家でコロナの情報ばかりに触れ、正しいことをしているつもりが、体は太り、心は人間らしさを失い、という具合に。

ヨガという習慣ができたことは、不健康なスパイラルを抜ける大きなきっかけになりました。

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そして10月には、習慣の分析を開始。

私は勉強に目覚めれば「勉強だけ」、ヨガを始めれば「ヨガだけ」というように、あることに集中するのは得意なのですが、バランス良く続けるのが大の苦手。今までは気合で頑張りすぎて疲れるか飽きるか。最後には全部捨ててしまうの繰り返しでした。

しかし、2020年に吟味したことは、身につけ続けていきたかったので、「気合」に期待するのではなく、自分に合うペースを分析することにしたのです。

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分析から分かったことは、「ちゃんと暮らすには時間がかかる」ということ。

そんな中で働いて、勉強もヨガも続けてというのは、少しぐらい自分を褒めてやっても良さそうです。

 

というわけで2021年は、引き続き「こつこつ、ゆっくり」と、しかしベクトルの向きは自分の内側から外側(社会)へと、向けていくことにする予定。

取り急ぎはキャリアコンサルタントに合格して、4月~転職を考えなければ!

身近な人から助けていこう

「あるbar」のことで、頭いっぱいだった1週間。

コロナ禍の飲食店経営。東京の新規感染者が1000人に達しようという中で、それが難しいことぐらい見ていれば分かる。

しかし、集まっている常連さんたちのことや、そこがコミュニティとして機能していることを考えると、今より少しでも良くするため、私(いちおう客)にできることはないだろうか。

ということで、Instagramやグルメサイト掲載、スペース貸しなど、私目線で考えられることを考えてみたが、画期的なアイデアはなし。1週間じゃできることなんて限られている。と自覚するに至った、口惜しい結末。

 

「あるbar」はこちらです→Twitter/Instagram
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「あるbar」以前に、来年の目標を考えていたのだ。

細かいことは追って書くとして、目標そのものは、

社会という荒野を仲間と共に生きる

に決定。

 

コロナ禍で社会の負が次々と浮き彫りになる中、いよいよ「独りでは生き抜けない」ことを肌で感じる今日この頃。 

それでは、どんな人と仲間になりたいのか、なるべきなのか。

自分の興味が「弱い立場の人に目を向けられる人」に向かう中で、気になったのが「あるbar」だった。身近に困っている人がいるのに、何もしないまま過ごして良いのか、と。

 

結果はどうなるか分からない。そもそも考える立場にもない。

けれど、一緒に努力することはできる。それも日々少しずつの、小さいけれど地道な努力を。

さて、今日はPOPでも作ろう。

 

※以下は渦中のTweetです。

 

以下は今週(12/13~12/19)のできごとです。

12/13 月イチドライブで『SOLSO FARM』と『武相荘』へ。夜は『東京キチ』でbarについても相談。

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12/14 barのことで頭がいっぱい。

12/15 第15回キャリアコンサルタント試験の合格発表。学科合格/実技不合格。『あえて数字からおりる働き方』を読了。

 

12/16 母と祖母に編んだスリッパが完成。『JR上野駅公園口』を読了。 

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12/17 『社会という荒野を生きる』と『人新世の「資本論」』を並行して読む。 

12/18 5日ぶりのヨガで復活。帰省するか迷う中で伊豆七島経由(熱海行)を画策。 

12/19  乱れていた暮らしを立て直す。 

合格発表を受けて

まさか胸が高鳴るとは。冷静沈着な私に限って、そんなことがあるはずなかった。

しかし、自分の番号を探してページをスクロールするとき、周りに人がいたら聞こえるんじゃないかというぐらい、心臓の波打つ音が聞こえてきた。

 

今日は、『第15回キャリアコンサルタント試験』の合格発表だったのだ。

学科の合格は分かっていたが、実技のほうは正直ビミョー。

アップテンポなドキドキドキドキ。

あるか、あるか、あるか・・・。

 

あったーーーーー!!! 


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と思いきや、学科の結果を何度も見ていたという勘違いで、実技の結果を見てみたら、そこに番号はありませんでした。

 

不合格。

 

学科の合格率は74.7%。実技の合格率は64.3%。同時合格率は57.0%とのこと。落ちるほうが少数派なので、悔しい気はするけれど、

正直、学科の準備に9割費やしてしまって、実技の準備はできなかった(方法が分からなかった)のだから、当然といえば当然。

 

とはいえ、価値のある挑戦だったとも感じていて、

自分で目標を設け、そこに向かって努力し、客観的な評価を受ける。

そのプロセスは確かに経験として刻まれたし、毎晩毎晩、参考書と向き合った自分に嘘はなかった。

「受けたことがない人」から「受けたことがある人」になったことで、今までぼやっとしか見えていなかった「的」が、よりはっきり見えるようにもなったし、

「筆記合格」「実技合格」という2段の階段を、私は1度に1段しか上がれなかったというだけのこと。

 

そういうわけで、私が失うものなんて再受験料(3万円弱)ぐらいなので、次はロープレ仲間を作って、晴れて合格できるようにしよう。 

寛容さを身につける|小石川植物園

今週は、『小石川植物園』に行ってきました。

正式名称は『東京大学大学院理学系研究科附属植物園』。およそ50万坪の面積を誇る、東大の研究施設です。

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研究施設ということで、植物の種類が多いからでしょうか。

私はここへ行くと毎回、「こんなに色んな植物があるんだ!」とか、「こんなに狭いところや、陽の当たらないところでも生息できるんだ!」とか、多種多様な植物たちが懸命に生きる姿に感動させられます。

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感動したまま歩いていると、目に入るその辺の人たち………自分と同じように歩いている人や、小道の真ん中でぐずっている子供まで、みんな、懸命に生きているように見えてくる。

実際そうなんでしょうけど、多様なものを目にすることで、寛容になるような気がします。

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季節は晩秋。あちこちで葉がはらはらと散り、大小さまざまな実をつけた木も目立ちます。

もうすぐ寒い冬が来て、それを過ぎれば花が咲く。

私が気にしていようといまいと、時は流れてまた次が来る。

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植物の何が凄いって、その生態系が「社会の本質」を示していることではないでしょうか。

多種多様な植物が、互いを邪魔せず生きているのを見ると、人間社会もそうであれば………と願わないではいられません。

また、時が流れて次が来るのを見ると、今、この瞬間が「永遠」ということはない。これから良くすることも(悪くすることも)自分次第だと感じます。

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最近、NIKEのCMに怒っている人がいるようですが、植物園にでも出かけてみるのはいかがでしょう。


動かしつづける。自分を。未来を。 The Future Isn’t Waiting. | Nike

今年はコロナ禍があり、さまざまな社会の負が浮き彫りになりました。

その一つに、寛容でない人が増えているということ。

それぞれの立場や考えがあるんだろうけど、NETなどで見るにつけ、「日本、いつの間にこんなことに………」と驚いたのが一番。悲しかったのが二番。

ですが、時は流れているのです。

転げ落ちるのを放置することもできれば、良くなるようにまた積み直すこともできる。

今の私には「心がけ」を書くぐらいしかできないけど、自分にできることを探して、もっと増やしていきたいものです。

「微力は無力ではない」という、言葉にもあるように。

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晩秋の光、晩秋の色|新宿御苑

「森林浴」が体に合うみたいなので、今週は『新宿御苑』へ。

抜けるような晴天。青空に映える赤い薔薇。繁華街にあるのが嘘みたいに、平和な空間、平和な時間。

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園内を歩くと、目が自動的に綺麗なものを見つけてしまうようで、人間、綺麗なものを見ながら汚いことは考えられないのでしょう。「心が洗われる」という表現の通り、今回も幸せな1時間でした。  

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今回目についたのは、晩秋の陽射しと秋色のコントラストです。

秋になると、いわゆる「秋色」の洋服が街に並びますが、木の実のようなオレンジに、枯れ葉のようなカーキ、寒い日の空のようなブルーなど、自然界には全ての秋色が揃っていることに(改めて)気づかされたのです。

きっと、ぴったり合う日本語表現があるはずなのに、語彙のないのが悔しいぐらい!

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綺麗なものを前に心まで深呼吸しながら、当たり前のことに感じ入ります。

秋の自然には秋色があり、春の自然には春色がある。

何故かというと、秋には秋の陽射しがあり、春には春の陽射しがあるから。それに適したものしか、その季節には存在できないから。

それが自然の摂理。それ以上も、それ以下もない。

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最近、「行動の優先順位」について考えています。

自分の体力を考えると限りがあるっていう中で、何を優先するのが心地良いか、ためになるかというテーマです。

2ヶ月ぐらいPDCAしてきて、週末の森林浴もその一環ですが、今回の発見を元に改めて、「自然が第一」となりました。

といっても、田舎に転居するとかではなく、週末の森林浴(や農園)を蔑ろにせず続けるというだけですが、今までは、頭でっかちに考えすぎて、自分の心地良さという大切なものを、置いてきたような気がするので。

心地よさを、軸に。

「自然の摂理」に身を置くことで、それ以上も、それ以下もないことを確認したい。

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土いじりの醍醐味|東京キチ農園

10月の後半から、一軒家のベランダを借り、「土いじり」をしています。

一軒家とは、以前住んでいたシェアハウスのことで、スペースばかりかワークもシェア。水やり(ワーク)は、ベランダの隣部屋に住むTちゃんがしてくれるので(ありがとう!)、私は週末だけ、間引きをしたり追肥をしたりしに通っています(自転車5分)。

peraichi.com

今週は、葉物を少しだけ収穫。根元を切って口に運べば、味がしっかりと濃い。そうそう、この味こそが土いじりの醍醐味です。

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土いじりを始めたきっかけは、「自分で育てたものを食べたい」が半分と、「自然の中に身を置きたい」が半分。

鉢は全部で10個ほどあり、同じ環境でも成長はさまざまです。よく育つものもあれば、遅いものや枯れてしまうものもあり、それぞれを比較しては、土が原因か、陽が原因かなどと、考える姿勢が重要になります。

自然の中に身を置く=目に見えない世界に想像を巡らせることであり、土いじり=人間と土・水・光の共同作業なので、大きな自然界の一員として参加させてもらってる感じがありがたくもあり。

簡単にいうと、土をいじっている間は、小さな人間界のことでごちゃごちゃと迷っている自分が、立ち去ってくれる気がするのです。

 

土いじりは「心に効く」。

土・水・光、ありがとう。

もちろんTちゃんもありがとう。

 

今週のお題「感謝したいこと」

ヨガに120回通って分かったこと

7月から「ホットヨガ」を始め、通算120回ほど通いました。

頻度は週5→週3~4に減らしましたが、肝心の成果はどうなっているのか。

 

1ヶ月目…2kg減(-2kg)

2ヶ月目…2kg増(±0kg)

3ヶ月目…1kg減(-1kg)

5ヶ月目…0.5kg増(-0.5kg)

 

ほ、ほとんど減っていない!

………ように見えるでしょうが、筋肉が増えたみたいで、体脂肪が減りました。その量、1.5kg分。人にはまだ気づかれませんが、少しは「薄く」なった気がします!

 

薄くなれた要因は、食を改善したことです。

朝:玄米+味噌汁+魚+漬物

昼:大豆プロテイングリーンスムージー

夜:鶏肉のサラダ

と型を決め、来る日も来る日も継続………したわけではないけど、ある程度は続けられています。

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私は元来、食に頓着しないほうで、自炊とか献立とか、考えるだけで面倒くさい。油断すればコンビニへ直行!………という日が今でもあるにはあるけど、

曲がりなりにも続いているのは、「体に良いものを食べる」という目標に対して、努力の続けられるレベルまで、ハードルを下げたからかもしれません。 

 

①目標を掲げ、それを目指そうとする姿勢と、②自分に合う方法を見つけることは「両輪」。 

高望みしすきてはいけないし、もっと頑張っている人と比べて、自分を卑下してもいけない。今の自分にできることを、現実的に考えないと!

 

というわけで、食改善は今が1ヶ月。人間の細胞は2ヶ月で入れ替わるというから、来月の今頃、どんな細胞になっているか楽しみです。

柳美里に見る「穏やかな年の取りかた」|人生にはやらなくていいことがある

ラジオを聴いていたら、作家の柳美里氏が出ていました。

翻訳された著作『JR上野駅公園口』が、アメリカで権威ある文学賞を取ったのだそう。

www3.nhk.or.jp

柳美里氏といったら、20代のときに読んで以来。

線が細くて不幸そうで今にも消えそうなイメージしかなかったけど、インタビューを聴いてみたら、意外にも(?)穏やかな年の取りかたをしてそう。

震災後、南相馬に移住したとか、そこで本屋を営んでいるとか、全てが初耳、初耳だったので、「その間」が気になり、本を1冊読んでみました。

 

柳美里:人生にはやらなくていいことがある

目次

はじめに

第1章:後悔とは何か

第2章:お金

第3章:家族

第4章:死

あとがき

在日コリアンとしての出自、育児放棄された幼少期。親の期待を背負って名門校に入るも、精神に異常を来たして中退。劇団員になってからは、師匠である東氏と長く暮らし、作家への転向後には芥川賞も取るが、多くのスキャンダルに泣かされた。そして、東氏ではない男の子供を妊娠、出産。

などなどが、南相馬での暮らしと交錯するように、全4章に散りばめられています。

壮絶な半生。それでもこの人は生きて、再び脚光を浴びている。

何が彼女を生かしたのか。

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あくまで私の感想ですが、答えは「現実に目を向けること」「丁寧に暮らすこと」「自分の役割を見つけること」ではないかと。

震災後、南相馬に通い、移住することになった柳美里氏は、地元の災害FMでの仕事などを通し、南相馬の人たちの暮らしに耳を傾けてきたそう。

南相馬で暮らしていると、仮置場に堆く積まれたフレコンバッグ(汚染土、除染廃棄物を詰めた黒い袋)が目につきます。元々は田畑だった場所です。

ということで、震災から5年経っても(本書が出たのは2016年)、復興はまだまだ続いている。そんな現実の中で、

南相馬の方々は、目の眩むような痛みを潜り抜けて、あるいは痛みの只中にありながら、為すべきことを為して、日々の暮らしを営んでいる、営もうとしているのです。

南相馬で、延べ450人以上の話を聴く中で、柳美里氏には「見えてきたこと」があるそうで、

それは、絶望を抜ける小道は「生活」にある、ということです。

(中略)

とにかく、日常生活を丁寧に繰り返す。繰り返すことでリズムを生み出す。書くこと(仕事)をそのリズムの一部に組み込む。

(中略)

南相馬で丁寧に暮らしている方々は、仕事も驚くほど丁寧です。

たとえば、靴の修理をボンドだけじゃなく、手縫いでもやっているお店には、県外からも壊れた靴が送られてくるそうです。

他にも、母の和風の古い生地をスカートに仕立ててくれた、夫婦で営んでいるテーラー屋さん、時間に遅れるようになったアンティークのネジ式沖時計を全部分解して修理し、狂いが出ないかどうか1ヶ月も様子を見てくれた、夫婦と息子で営んでいる時計屋さん、30代の兄と弟で競うように次々と少量のおかずを店頭に出す総菜屋さん。

大きな成功も大きな失敗もないこの町で、原発事故以前から「福島のチベット」といわれていたほど交通の便が悪い場所で、人々は丁寧に、誇りをもって、日々の暮らしを営んでいるのです。

ところが震災によって、その営みが壊されてしまった。

柳美里氏は、丁寧な暮らしの物語に耳を傾けることで、それを奪われてしまった痛苦を想像することで、作家としてそれを世に出すことで、生き延びたのだろうと感じました。

odaka-fullhouse.jp

そういえば冒頭のラジオで、「作家の役割は声にならない声を聴くこと」ってコメントしてたけど、それはこういう意味だったのかな。

南相馬の人々を背負ったとき、柳美里氏は新しい人生を得たのかもしれません。

現実、暮らし、役割か。。。

目標探しを始めたら、意欲が湧いて止まらなくなった

9月以降ほぼ絶筆状態だった私ですが、ここ数日は書いても書いても、書きたい意欲が湧いてきます。

意欲の湧くスピードに「書く」が追いつかず、久しぶりに「頭が疲れる」感覚を覚えていますが、今回はそんなことになるきっかけとなった本を紹介します。

米山彩香『やりたいことを全部やってみる』

目次

はじめに:「成功できない人」の7つの特徴

第1章:誰でも「なりたい自分」になれる

第2章:いますぐ行動する人だけが成功する

第3章:夢を叶える「6ヵ月プログラム」

第4章:最速で理想に近づく「PDCAサイクル

第5章:これからの女子のお金の考え方

おわりに:すでにあなたは変わり始めている

巷によくある起業本ですが、私に効いたのは「はじめに」です。

はじめに:「成功できない人」の7つの特徴

①すぐにやらない人

②やりたいことが漠然としている人

③ひとりで抱え込んでいる人

④「ここまでやったんだから」と、後戻りできない人

⑤準備が完璧でないと実行しない人

⑥自分のやり方が一番だと思い込んでいる人

⑦想定外の出来事に対処できない人 

これを自分でスコアリングしてみたところ、

①すぐにやらない人→★(当てはまらない)

②やりたいことが漠然としている人→★★★(当てはまる)

③ひとりで抱え込んでいる人→★★(やや当てはまる)

④「ここまでやったんだから」と、後戻りできない人→★

⑤準備が完璧でないと実行しない人→★

⑥自分のやり方が一番だと思い込んでいる人→★★

⑦想定外の出来事に対処できない人→★ 

という結果に。

なるほど。うすうす感じてはいたが、やっぱり「②やりたいことが漠然としている人」か。

 

プロフィールにも書いてある通り、私の今の目標は「綺麗で賢くて優しい人」になること。それ以上でもそれ以下でもありません。

昔の目標(世界平和)に比べれば輪郭ぐらい見えてきたけど、今も昔もふんわりふわふわ。具体的な目標もなく(或いは、あっても間違っていた)、今まで生きてきてしまいました。

 

そんな人に対する処方箋は、「第1章」に書かれています。

まず具体的に固め過ぎずに、

・将来、どんな女性になりたいのか?

・どんなライフスタイルを送りたいのか?

・何を大事にする人生にしたいのか?

からイメージを始め、1ヶ月ぐらいは心から楽しいと感じることや、ロールモデルを探し、その上で具体化していけ、とのこと。

私の大目標は「綺麗で賢くて優しい人」ですから、今は「綺麗で賢くて優しい人」が楽しいと感じそうなことや、ロールモデルを探すのに大忙し。ありがたいことに、行動すればしただけ気づきが得られるので、それを書くのにも大忙し、というわけです。

 

というわけで、以上がblogを再開できるようになった背景です。

これを見てくださる(且つ面識のある)方に一点だけ伝えるとすると、目標を考えたり文章を書いたりで、遊ぶ暇がありません。

そのせいで、今まで大切にしてきたヒトやコトの一部を蔑ろにしていることは自覚しているのですが、そのうち正常化するはずなので、そしたらまた遊んでください。

コロナの年の紅葉|小石川後楽園

小石川後楽園で、紅葉狩りをしてきました。

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全体としては色づき始め、真っ赤な木が何本かあるという感じでしたが、さすがは徳川家の跡地。風光明媚には違いなく、交通費0円、入園料300円で見るには贅沢すぎる景色でした。

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園内に入り、することといったら、スマホを片手に綺麗な紅葉を探し回ること。

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風が吹けば枝が揺れ、光が射せば葉が透き通る。

紅葉の素晴らしさは、風や光との共演です。1時間ほど歩き回って、その瞬間、その瞬間に移りかわる表情を切り取ります。

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その間、頭で何かを考えるということはなくなり、美しさを感じる感性だけが、ごろっと前に出てくるよう。

自然の中に身を置くと、私は、そんな感覚に陥るのです。

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今年はコロナの影響で、家に引きこもる時間が長くなりました。その中で感じたのは、家にいると頭ばかり使って、代わりに感性が鈍ってしまうということ。

さまざまな情報に触れては、あーだこーだと考える割に、ちっとも楽しいことがない。楽しい「こと」がないというより、感性が劣化している。そんなことに気づきました。

その点、自然は良い。考えてもしょうがないことに対する、ある種の「諦め」が芽生えてきます。

風が吹けば枝は揺れ、池の水面にはさざ波が立つ。光の当たらないところには、どうしたって当たりません。私が考えようと、考えまいと。

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ちょうど複雑に絡んだ毛糸が、ほどけて1本に戻るような感じがある。

カニズムはよく分からないけど、頭と感性とがチューニングされるのでしょうか。

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自然の中に身を置くこと。

改めて、これは習慣にしていきたい。