ゆかこの部屋Blog

日々の行動と感動をコレクションしています

良識ある大人になるために -電力編-

宮城県にある女川原発が、再稼働の前段階となる「安全審査」に合格したそうです。www.nikkei.com

この新型コロナ隆盛の中で、原発再稼働のために頑張ってる人がいるなんてびっくりでしたが(そりゃーいるか)、

気になるのは、「本当に安全なの?」ってこと。

 

「安全基準」なるものが信用できない国になった、というのが正直なところで、

原発と一緒にするのは違うかもしれないけど、新型コロナで「安全」っていわれてクルーズ船を降りた人が、安全じゃなかったわけじゃないですか。

www.jiji.com

…それより、陽性だったクルーズ客が「静岡県熱海市」の人でまたびっくりでしたが(←地元)、

とにかく、安全かどうかは自分で考えなければならない。

そんな気がするのです。

さて、今日の本題は「電力会社」です。

私、本日をもって東京電力を卒業いたしました(ぱちぱちぱち)。

卒業した後は、再生可能エネルギーで供給する「みんな電力」に加入いたします。

minden.co.jp

動機については書くまでもないですが(原発に加担したくない)、

私は2011年、あの震災があった後、「放射能」が原因で同棲解消した経験があるので、被災地の人に比べたら低レベルすぎますけど、原発事故ってそれなりに「自分ゴト」化してるんですよねー。

 

そして2016年、電力の自由化。

喜び勇んで「みんな電力」と契約したけど、シェアハウス暮らしを挟んだため、今回は2年半ぶりの復帰です。

 

ちなみに加入当時の感想。

東電と比べて「高くなった!」って感覚は別になかった。

日々の感覚しては、原発のニュースや東電のCMなど見るときに、「ふっ、私は加担してないけどね」と得意げになれる。

そして何より大切なのは、自分が安全と感じるものを、自分で選んでいるという感覚です。

電力に「安全」とか「危険」とか書いてあるわけじゃないけれど、その背後にあるものを想像してみたら………。

 

というわけで、今日も私は「良識ある大人」に一歩近づきました。 

https://www.instagram.com/p/B9EJg4RgOPG/

良識ある大人になるために -RADIO編-

新型コロナで、初の「倒産」が出てしまったようです。

jp.reuters.com

私は旅行業界に関わっているので、「インバウンドの減少で〇〇万円の損失」なんて話は毎日聞くのですが、倒産、相次ぎそうですね。。。

 

「インバウンド減少」といえば、そもそもの背景には少子高齢化があるわけで。

日本人が減っているから、外国人に頼らざるを得ないわけで、依存が強くなればなるほど、こういうことも起こるわけで、それは旅行業界に限らず、遅かれ早かれ、日本全体がこうなるのでしょう。

 

少子高齢化

それなら私が、子供100人産みましょう!

とでもいえればいいのですが、そうもいかないので、次のニュースを。

www.cnn.co.jp

見てもらいたいのはここです。

長寿の秘訣(ひけつ)は腹を立てず、いつも笑顔でいること

112年も生きた人が、こういうことをいうんですよ。

戦争も大恐慌も経験してきた人が、結局、こういうことをいうんです。

マッキーは捕まってしまったけど、「どんなときも」笑顔なのかなー。新型コロナが流行ろうと、大不況が訪れようと。

 

なんて考えてましたら、こんなニュースもありました。

www.bbc.com

記事は淡々と書かれているけど、映画にでもなりそうな内容じゃないでしょうか。

内戦下に生まれた娘の人生を、最大限明るいものにしてあげようとする父。

変えられないこと(内戦)と変えられること(表情)をよく理解した上での、最善の行動に思えます。

 

さて、これらの記事から考えられることは、将来、日本が沈没しかかったとき、にっちもさっちもいかなくなったときこそ、笑顔が大切なのかもしれない、ってこと。

決して合理的ではないけれど、「笑えねー」ってときこそ、笑う。

今から沈没するってときに、尚いがみ合う必要はないでしょう。

さて、前置きが長くなりましたが、RADIOです。※もはや別投稿

 

最近、J-WAVEの「JAM THE WORLD」という番組を聞き始めました。

「ニュースを通して時代への感性を豊かにする」がテーマの情報プログラムで、
ナビゲーターはグローバー。日替わりレギュラーは津田大介青木理安田菜津紀堀潤という豪華な面々!!!

毎週月~木曜日の夜が、楽しみになってしまいそうな番組なのです(わくわく)。 

www.j-wave.co.jp

前回書いたように、「良識ある大人」になるために、情報の取り方を改めた私。

もちろんTVも止めたのですが、しかし一人暮らしには、「音」が必要なのです。

別に見たい内容でなくても、スイッチ入れれば「だらだら」が始まる。

それを止めるとなったとき、RADIOを聞こうとなるわけですが、そのとき見つけてしまったのです。素晴らしい番組を!

tokyo100k.hatenablog.jp

私は青木さん目当てで聞くことになったのですが、実際に聞いてみると、内容も(声も)素晴らしい。

新型コロナだけでなく、国民が忘れかけた被災地のこと、モリカケ問題や、頓挫しているさまざまな改革、などなど、今ある日本のテーマをバランス良く考えることができます。

レギュラーだけでなくゲストも豪華だし、TVみたいに忖度しないし、FMらしく曲とトークのバランスも良いし、グローバーさんの優しい声も◎で、これは聞くわー。毎日聞くわー。

 

というわけで、今日も私は「良識ある大人」に一歩近づきました。 

https://www.instagram.com/p/B87-RrdAz1u/

良識ある大人になるために -NET編-

東京に戻ってきて、約2ヶ月が経ちました。

最初の月は、家と職場を整えるのでいっぱいいっぱい。「丹波篠山」とか「クラフトビール」とかいう言葉を聞くのも嫌でしたが、

2月に入り、次のことを考える余裕が出てきて、手始めに読んだ本が衝撃的だったことは既に書いた通り。 

tokyo100k.hatenablog.jp

その後、もやっとした感覚のまま1週間を過ごしましたが、

要は自分が「便利な暮らし」より「楽しい遊び」より、まずは「良識ある大人」でいたいのだという、(実は10代からのときからある)基本的欲求に気づかされる結果となりました。

 

良識ある大人になるために、早速変えてみたのは「情報の取り方」です。

具体的には、NETをだらだらと見ないこと。

私はニュースアプリ「SmartNews」を利用しているのですが、「チャンネル」から日本のメディアを全部消し、ロイター、AFP、CNN、BBCなどなど、外国メディア「だけ」にしてしまいました。

 

すると消えたものは何か。

そうです、芸能ニュースです。

アイドルが事務所を辞めたとか、女子アナの写真集が売れたとか、いわゆるワイドショー的な、見ても価値のない(どころか、イライラすることすらある)ニュースのいかに多かったことか。

これはたぶん、ヒマに任せてSNSを見てしまう気分と同じなんでしょうけど、「野次馬根性」ってやつですね。私の人生にとっては、百害あって一利なし。

 

また、日本のメディアは「新型コロナ」一色の今日この頃ですが、外国メディアを見ていると、(もちろんコロナは多いにせよ)アフリカのこととか中東のこととか、忘れてはならないこともちゃんと伝えているのが分かります。

ま、それを見たからって、行動なんかを起こしたりできる私ではありませんが、

少なくとも時間の使い方として、どっちが良識あるかと考えれば、価値ある情報を選ぶこと、これは大人として最低限の責任かもしれません。

思考から始めよう

ダイヤモンド・プリンセス号が、再び(?)注目を集めていますね。

感染症対策のスペシャリスト(神戸大学の岩田先生)が、船内の杜撰な管理体制を批判。

www.asahi.com

しかも、1日で降ろされてしまったというところに、
ウィルスをいち早く発見しながら亡くなってしまった武漢の医師や、
拘束されたジャーナリストと通じるものを感じます。。。


さて、いよいよ日本でも「感染はヒトゴトじゃない」感が強まってきましたが、
本日書きたいのは「情報統制もヒトゴトじゃない」ってこと。

実は最近、凄い本を読んでしまったんです。

 

タイトルも凄いけど、中身はもっと凄い。

「16歳から始める思考者になるための社会学」という副題通り、社会学入門的な体裁を取ってはいますが、
「ニホン」が何故「滅びゆく」のかを、構造分析的に、淡々と、しかし鋭く糾弾しているのです。

 

簡単に要約すると、

今やほぼ、アメリカの植民地と化したニホン。
米軍の影で暴利を貪るのは、グローバル企業と投資家たち。
そこに貢がれる国家予算は、国民の健康や福祉を犠牲に成り立ったもの。
現にニホンでは、「生きづらさ」を理由に、戦争で亡くなるよりも多くの人が自殺している。
東京オリンピックだって、被災地への支援を打ち切った予算で開催される。

ニホンに「政治家」なんて存在しない。
与党と野党はグル。右翼と左翼もグル。
アメリカに対する一番の貢ぎ物は「戦争」。
北朝鮮はそれを合憲化するための仮想敵に過ぎない。

…などなど、この人消されちゃわないかな?
と不安になるような記述が続くのですが、

にも関わらず、マスコミは真実を伝えないどころか、思考停止を助長するコンテンツばかり量産している、ということが、「情報統制もヒトゴトじゃない」ってわけです。

 

それにしても、

ニホンは「滅びゆく」構造の中にあるのか。
それはグローバル企業や投資家のために、巧妙に仕組まれたものなのか。
ロスト・ジェネレーション」っていうけど、復活させる気なんてそもそもないのか。

…と、生きるのもイヤになる内容でしたが、

しかし!

嘆くだけで終わらせてはいけません。

それが著者の望みであり、「思考者になる」ことであり、
そもそもこの本を読んだのだって、(2月の目標である)「前へ、外へ」と進む前に、進む方法を決めたかったからなのです。

 

事実=ニホンは怖い国になった。真実なんてどこにあるのか分からない。
思考者になる=真実を自分で探し、考え、見つけること。羊みたいに流されないこと。

だとして、進む方向までは決められなかったけど、取り敢えず、ぼーっとTV見るのだけは止めることにします。←イマココ

制約の中にある充実

家の居心地が良過ぎて、外に出たくない今日この頃。

まぁ冬だから良いんですけど、フットワークの異常に軽い私が「家ライフ」を楽しんでいます。 

https://www.instagram.com/p/B8WHKBoA0fW/

1月の目標は「マイナス収支を脱する」だったので、

収入増のために「新しい仕事への適応」を、支出減のために「生活スタイルの確立」を頑張っていました。

前者はまぁ良いとして、後者については節約のために自炊したり、大きな買い物は「500円玉貯金」から始めたり、

制約は多いものの地道な積み重ねと納得感が楽しく、どうやら私には「自由」より「制約のある自由」が向いているようです。

 

「制約のある自由」といえば、中でも夢中なのがインテリア。

高い家具は買えないので、代わりに「あるもの」を組み合わせる。これが楽しい。

まぁ「あるもの」といっても、2年半で3回転居した「断捨離」を勝ち抜いてきたものばかりなので、楽しいに決まってますけど。

 

しかしまぁ今更ですが、私が高3のとき大学受験を頑張れた理由って正にこれだったのでした。

都会に住みたい。一人暮らししたい。好きなものに囲まれ、快適に暮らしたい。

若いときは知恵もセンスもなかったし、「こんな欲求は取るに足りない」と、まともに相手もしてこなかったけど、まさか20年以上追いかけてくるとは。

(私にとっては)暮らしの充実が幸せを意味するって、今になって分かりました。


《2月の目標(もう10日だけど)》

暮らしの充実は大切にしながら、前へ、外へと向かう

まずは幸運を祝おう

新型コロナウイルスが、凄いことになっています。

武漢に滞在した人ならともかく、バスツアーで国内感染とか、悲惨すぎでしょ。

また、武漢へ派遣された医療関係者たちが、福島へ派遣された除染作業員たちと、重なって見えたのは私だけでしょうか。

 

さて、感染症といえば昔(2003年)、香港から帰ってきた直後にSARSの大流行がありました。

職場で咳をしただけで「SARSじゃないか?」と弄られたのは懐かしいけど、こういうのはもう災害というかタイミングというか、遭えば不運、遭わなきゃ幸運ってだけで、遭わなかった人にできることなんて、その幸運を祝うぐらいのことでしょう。

コロナウイルスここまで)

 

「幸運を祝う」といえば、この頃どういうわけか、生きていることそのものに幸せを感じてしまいます。

食べるごはんがおいしい。夜はぐっすりと眠れる。

…ぐらいのことで幸せを感じて、ストイックさがもう、ゼロどころかマイナスかも。

悟りを開いたわけではないでしょうが、今まで興味の赴くままに動いてきて、その結果「金なし、子なし、夫なし」という負の遺産は残したものの、人生には満足しました。今から全部ボーナスです。


2020年1月は今日で終わり。

「時給900円によるマイナス収支を脱する」という目標の下、転居&転職を決め、紆余曲折あったものの新しい職場にも慣れてきました。

少なくとも、今月の幸運は祝える、かな。

https://www.instagram.com/p/B7_BZCzgkbd/

「書けば叶う」気がしてきた

wifiに続き、カーテンとテーブルが届きまして、100点満点中5点だった「部屋らしさ」が30点ぐらいに向上しました。

カーテンの柄は、花柄か無地か迷った末、自分しかいない部屋で誰に遠慮することもなかろうと、好きな花柄を選びました。カーテンが目に入るたび、気分がうっとり満たされます。

https://www.instagram.com/p/B7s7WmdAttg/

さて、2020年に入って私は、ブログを書かない代わりに(?)ノートにメモを残しています。

毎日書くのは「今日幸せだったこと」。1日に3個。

そして日曜日には、「今後こんな風になりたい」を気分ベースで1ページ。

まだ始めたばかりなので、見開き6ページしかありませんが、気づいたことが1つ。

書けば、叶う。

ということです。

 

といっても、私の願望なんぞ何のことはありません。

「素敵な部屋で暮らしたい」とか「好きな人たちと過ごしたい」とか「(残業減らして)自分のペースで暮らしたい」とか、ささやかでしかありませんが、書けばそのように行動するだけでなく、自分がそこ(例えば素敵な部屋)に近づいたとき、「あ、叶ってる!」と実感することができるのです。

 

今まで欲がないからって、小さな願望にすら目を向けていなかった私。ですが、目指すもののない人生は利用だけされて終わってしまう。

小さかろうと何だろうと、自分の願望に遠慮してはならない。「こつこつ、ゆっくり」満たした先に、大きな幸せが待っているはず。

花柄のカーテンから、そんなことを考えました。次はベッドが欲しい。

過去の自分に学ぶ会_20200125

家にwifiが来たー!

ので、企画復活。過去に得た学びを反芻することで、今に役立てる企画です。

 

まずは2015年。

自分のしたいこと(will) 、できること(can)、しなければならないこと(must)を考えていたようです。

 

本日(2020年1月25日)、派遣会社主催の研修に参加したら、さすがはリクルート。全く同じフレームワークをすることになりました。

あれから5年経った今、

  • will:異なる立場の人を結ぶこと
  • can:自分の頭で考えること(人の意見を聞かないともいう)
  • must:健康管理と経済的安定

でした。

今の仕事は続けながら、自分の責任取れる範囲で、趣味として、人と人とを結ぶ企画を世に出していきたいってとこでしょうか。

tokyo100k.hatenablog.jp

2016年はなし。

2017年はまだ頑張っている。けど、理想の自分になんか(まだ)なれないぞ。

tokyo100k.hatenablog.jp

2018年は1日スナックを主催。

お題の決まった風変わりな飲み会、といったところで、私のwill(異なる立場の人を結ぶ)が叶ったともいえる、満足度の高い企画でした。

この後ワークショップ形式も企画したけど、私は飲み会形式のほうが好き。

tokyo100k.hatenablog.jp

2019年はぬか漬け。じゃなくて、それをきっかけとした「繋がり」について書いています。

 

気づいた人がいるか分かりませんが、2020年に入ってこのブログはほぼ「繋がり」についてしか書いていません。

それは今の私が「繋がり」(と新居のインテリア)にしか興味がないからですが、そんな「繋がり」について、最近分かったことが一つ。

人間は、不完全だから繋がれる。

ということ。

私は子供の頃から、「完全」であるように育てられてきた(気がする)けど、完全で人を頼みもしないような人生なんて、長すぎる、退屈すぎる、寂しすぎる。

要するに人間は不完全ゆえに助け合って、ときに面倒臭いぐらいがちょうどいいってこと。完全を目指すのは、金輪際やめましょう。

tokyo100k.hatenablog.jp

ということで、今日はつらつら書きすぎて編集点もありませんが、不完全な文章もまた、読み手に解釈の自由があるってことで、無理に編集せず終わります。

「結び目」としての私

ひょんなことから家族旅行。

姫路で城を鑑賞→赤穂で牡蠣を堪能→明石で商店街を楽しみ→京都で街を散策した。

天候に恵まれ、スケジュールは滞りなく、見るもの全部素晴らしく、食べるもの全ておいしかった。 

https://www.instagram.com/p/B7dfT_mAdWu/

「ひょんなことから」というのは、予定された旅行ではなかったから。

そもそもは、私が篠山に置いてきた荷物(ワンダーコアなど)を、岡山在住の兄に返すことが目的だった。

が、何故か母まで来ることになり、「旅行」の形になったのだ。

 

姫路に行きたかったわけでも、明石に行きたかったわけでもない。けれど、今やWHY(何のためにするか)よりWHO(誰とするか)。

昨年は、兄が大病、私が失業、したせいか、「この人たちに会えるのもあと何回なんだろう」と、意識しているのは私だけではないのかもしれない。

https://www.instagram.com/p/B7dfMm3Awe_/

最近ある本に、こんなことが書いてあった。

(仏教の世界では)「私」という存在は幻想に過ぎない。私は「空」としてある。そのものに実体があるわけではないけれど、あらゆるものとのつながりの中にある。

私たち個々の存在は、網の結び目のようなものだ。

(網の)ひもを縁と見るならば、一人ひとりの存在は、個々が独立した実体としてあるわけではなく、縁と縁の結び目に仮に成り立っている。  

抽象的な引用で恐縮だが、要は「私」なんてないんだから、「私の欲」だって幻想だ。煩悩だ。全ては「縁」の中で成り立っているのだ、と続く。

「私とは何か」なんて、考えたって意味がない。人と人との縁の中で、結び目としてどうゆらゆら揺れていくか、それさえ考えていれば充分なのだと解釈した。

https://www.instagram.com/p/B7fwoBhgTle/

さて、家族旅行に戻って、この人たちと出会ったのは、私にとって大きな縁だ。

幼い頃から生かされて、40才になった今もなお、この人たちに生かされている。ただ娘として、妹として生まれたというだけで。

家族旅行だからって、大した話をするわけではない。私が漫画を読んでいる横で、母がゲームをしていることだってある。

けれど互いに、困ったときは助け、何となくは見守り合い、生かし生かされている実感がある。そういう時間は「緩い」のだろう、案外。

https://www.instagram.com/p/B7de_RzgGZf/

「理想の私」をストイックに目指すのではない。縁の中でゆらゆら揺れる、結び目としての「私」とは、こういうことかと少し思った。

過去の自分に学ぶ会_20200114

久しぶりのこの企画。

2020年も、過去に得た学びを反芻することで、今に役立てていきましょう。

 

まずは2015年。

「丁寧な暮らし」に憧れて七草粥など作っているが、結局仕事に疲れている。。。

働く→疲れるっていうサイクルは、私にとって永遠のテーマなのか。 

tokyo100k.hatenablog.jp

2016年はなし。

2017年はというと、やっぱり仕事が忙しく、ストレス解消について考えている。

ちなみに今の私は、「ニトリ」のカートに物を入れては、閉じるという行動をしています。 

tokyo100k.hatenablog.jp

2018年は、あのモンスターMの登場。1月は毎年繁忙期だが、過去数年とは比較にならないほどイライラしている。

あの面の皮の厚さ、ハートの強さは今考えても凄い。今の職場には数人ばかり鬼がいるけど、また叱られてしまったときは、Mのことを考えよう。あんな小僧でも生きている。 

tokyo100k.hatenablog.jp

ラストは2019年。

1年前は既に移住していたはずだが、ネタはまだ都内。某ブルワリーの見学で、あれこれ刺激を受けたよう。

刺激を受けると頑張りたくなるけど、あくまで仕事を楽しみたい(頑張って疲れたんじゃ本末転倒)という願望が見える投稿。 

tokyo100k.hatenablog.jp

というわけで今回の共通点は、「仕事はしたいが、疲れるほど頑張りたくない」ということ。

 

そういえば正月に実家で、高校生の私が親に宛てて書いた手紙が見つかった。

自分の店を開業したばかりの母に対して、

「毎日、クタクタになっている姿が目に余る。疲れた、疲れたと連発するぐらいなら、仕事を頑張ってくれなくて結構」

などと、育ててもらってる分際で生意気な文面だったが(本当にこういう文面だった)、要するに「体が心配だから、疲れるほど頑張らないでね」ということだ。

疲れは避けて通れない。だからこそ全力で避ける努力をする。

どうせ頑張り屋なんだから、疲れるよりも楽しむ工夫を。