校則で思い出す「学校」という世界のこと

祝!

テレワーク延長決定!!

出社上限は週に2日まで!!!

良かった良かった。感染したってろくに検査も受けられないのに「元に戻る」とかあり得ませんから。

思考停止してない会社で良かった。柔軟な対応万歳\(^o^)/

 

思考停止といえば、「元に」どころか「戦前に」戻ったかのようなニュースがありました。

mainichi.jp

埼玉県深谷市の市立中学校が生徒に配ったプリントの中に、校内で「アベノマスク着用」を求めたと受け取れる記載があり、(略)

「アベノマスク着用の確認」「アベノマスクを忘れた生徒は少人数教室に残る」などの記載があった。

ちょっと前に「マスクは白に限る」というニュースもありましたが、今度は「アベノマスクに限る」ですか。

ほぼ全員が「左」だと感じているのに、「右へ習え」の学校。

学校着用マスクは白だけ?色限定に不満の声 新型コロナで品薄状態なのに… | 社会,学校・教育 | 全国のニュース | 福井新聞ONLINE

学校側の弁明は、

「有効に使ってほしい」という意図でプリントに記載したと説明。「忘れた生徒は残る」という記載については「罰則的な意味ではなく、忘れた生徒に予備のマスクを渡すことなどを予定していた」と説明したという。 

先生、これで伝わるわけないでしょうが。違和感なかったとしたら、思考停止じゃありませんか。

 

さて、このニュースを取り上げたのは、私自身が「生徒」だったころの、あるできごとを思い出したからです。

「みんな一緒」を礼賛する学校という世界。「先生」という生き物の思考停止っぷり。17才の私が、正面から憤慨したできごとです。

 

あれは1996年か1997年。私が高校2年だったころ。

私が通う県立の女子高では、セーラー服とスカートだけが「制服」として決まっていました。スカートの長さには規定があったものの、鞄や靴、コートといったものは基本的に自由でした。

f:id:tokyo100k:20200527161924j:image

ところが!

その年の秋、セーラー服の上に着るジャケットとコートが、突然「学校指定」になったのです。

ジャケットとコートは、「任意」で着ている生徒もいました。が、デザイン的に人気がなかった。それが「指定」になったということです。

教室で改めて、価格表が配られました。

ジャケットとコート、合わせて8万円ぐらい。

うーん………。

私は高校2年生です。あと2シーズンしか着ないものに、8万円も払うべきだろうか。

コートなんて大体、黒か紺かグレーだろうに、指定にしてまで揃える意味があるだろうか。

結局、私は母に「買ってくれ」といいませんでした。母子家庭で頼みづらかったし、何より私が「8万円も出す価値はない」と考えたからです。

暖かい地域なので「厚着」で耐えることもでき、問題は解決したかに見えました。

ところが!

ある冬の日、どうしても寒い朝があったのです。そこで私は1万円もしない自分のコートを着て、学校へ向かいました。「1日ぐらい大丈夫だろう」と。

事件は、三島駅で起きました。

学校は文教地区にあったので、朝の通学路ともなると、大名行列ならぬ「生徒行列」が起こります。ぞろぞろ続く行列の中で突然、

「何だお前、そのコートは!制服と違うだろ!!」

と怒鳴られたのです。

怒鳴ってきたのは、同じ駅から乗っていた高齢の先生。電車の中で私を見かけ、降りたら叱ろう!と意気込んでいたようです。

「す、すみません………。」

私は昔からオトナなので、取り敢えず謝ってその場は事なきを得ました。 

学校に到着すると、担任の先生に呼ばれました。この先生は優しかったので、私は120%ぐらい憮然とした表情で訴えました。

「あんな高いもの、貧乏な家には買えません!」

「あれに8万円の価値はない」を端的に伝えたく、こういう表現にしたのです。その後、くだんの先生にも直接伝え、私は謝罪を受けました。

 

私が伝えたかったのは、校則だからって高額な買い物を強要して良いのか。先生ともあろう人が生徒の事情を勘案せず、大勢の前で𠮟りつけ恥をかかせても良いのか。ということです。

また制服指定の背景には、その決定者であった生徒指導の先生(体育教官)に、地元呉服店からキックバックが入ったという噂もあり、そんな金を母に出させたくないという想いもありました。

ま、予め意見を伝えなかった私にも非があるし、翌年には(何故か)生徒会長になったので、廃止にでもしてやれば良かったのですが、ことほどさように学校とは「生徒ファースト」な世界ではないのです。

アベノマスクの例でいえば、「政府から来た」というだけで重宝がる。何なら、どうしてあれほどの非難を受けたのか、考える教材にしたって良いぐらいなのに。

「校則」にただ縛られること、そこで思考停止すること、頭ごなしに叱ることを、果たして教育と呼べるでしょうか。

 

ちなみに、、、この後、コートは買いました。

「母子家庭だから貧乏だ」というのは私の勘違いで、母は同年、自分の店を少しの借金で開くほど隠れて貯めこんでいたのです。。。

学校ではなく母に忖度していた私。とんだ茶番ではありましたが、一番賢かったのは私の母だった、ようです。